今月のイチオシ本【歴史・時代小説】

『へぼ侍』
坂上 泉

文藝春秋 本体1400円+税

 今の歴史時代小説は二〇代、三〇代の活躍が目立っているが、そこに一九九〇年生まれの新たな若手が加わった。それが、西南戦争を題材にした『へぼ侍』で松本清張賞を受賞してデビューした坂上泉である。作中には、清張のデビュー作「西郷札」と同じく、主人公が西郷隆盛軍が発行した紙幣・西郷札を利用して一儲けを目論むエピソードがあり、その意味でも清張賞に相応しかったといえる。

 志方錬一郎は、大坂東町奉行所与力で剣術道場も営む英之進の嫡男だったが、明治維新で家が没落し商家に奉公に出される。それでも剣術の修業を続ける錬一郎は、「へぼ侍」と皮肉られていた。

 西南戦争が勃発すると、官軍は元士族を壮兵として徴募した。武功を立て再起をはかりたい錬一郎は強引に壮兵になるが、応募した者は少なく、同じ部隊にいたのは、五稜郭まで戦った猛者だが博奕好きで借金取りに追われる松岡、公家に仕えた武士で料理が得意な沢良木、銀行員として成功するも妻には武家らしくないと莫迦にされている三木と、癖のあるメンバーばかりだったのだ。

 やがて錬一郎たちは、長い修業ではなく簡単に扱える銃の性能が勝敗を決める近代戦の最前線に送り込まれ、従軍記者の犬養仙次郎(毅)と出会う。著者は、銃弾が飛び交う戦闘を迫力いっぱいに描く一方で、時間があれば博奕に興じ、食事をとり、天下国家を論じる兵士の何気ない日常も活写しており、この手法が戦争の悲惨さを際立たせていた。

 物語が進むと、時代の波に乗れず〝負け組〟になった錬一郎たちにとって、西南戦争は再チャレンジの象徴であることが分かってくる。だが転落すると這い上がるのが難しいのは、明治も現代も変わらない。それだけに、文字通り命をかけて進むべき道を模索する錬一郎たちに、自分自身を重ねる読者は多いはずだ。

 東京で最新知識を学んだ犬養に「パアスエイド」(説得)の大切さを教えられた錬一郎は、それを人生の指針にする。この展開は、内政、外交の諸問題を言論ではなく力で解決しようとする風潮が強まる現代への批判のように思えた。

(文/末國善己)
〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉
伊藤朱里『きみはだれかのどうでもいい人』
スピリチュアル探偵 第2回