今月のイチオシ本【デビュー小説】

『馬疫』
茜 灯里

馬疫

光文社

 茜灯里『馬疫』は第24回日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。パンデミックもののサスペンスは数あれど、馬が主役というのは初めてではないか。しかも、その設定が大胆不敵。時は2024年1月。欧州で新型コロナがふたたび猛威をふるい、パリ五輪が見送られて、2回連続の東京五輪(!)が開かれることに。

 山梨県の小淵沢では、五輪近代五種競技の馬術に貸与される馬の最終審査が実施されていたが、候補馬40頭のうち33頭に馬インフルエンザの感染が判明。しかもそれは、感染馬が凶暴化する、過去に例を見ない「狂騒型」だった……。

 その場に居合わせたのが、獣医師の主人公・一之瀬駿美。いまは国立感染症研究所で馬のウイルス病をテーマに博士研究を行っているが、実家は小淵沢で乗馬クラブを経営し、姉の駒子は馬術の五輪候補選手でもある。その一之瀬乗馬苑が欧州から帰国させた馬が感染源ではないかと疑われ、駿美は濡れ衣を晴らすため、真の感染源を調べはじめる。

 馬の生産者、大手乗馬クラブ、農林水産省、国立感染症研究所、日本馬術連盟、五輪の馬防疫委員会、JRA(作中ではNRA)の研究所など、さまざまな団体や組織の思惑が入り乱れる中で語られる物語はまさに迫真のリアリティ。馬の描写はもちろん、感染症の研究者が臆面もなく、「これは論文になるな」とか「きみの名前も入れてあげるからファーストオーサー(代表著者)は私に」とか言い出すところが生々しくも面白い。

 著者の茜灯里は、1971年、東京都調布市生まれ。東大理学部卒業後、大手全国紙の科学記者を数年つとめてから、東大大学院(地球惑星科学専攻)に戻って修士と博士(理学)を取得。そのあと乗馬を始めて、1年後には全日本エンデュランス(乗馬の耐久レース)で優勝。もっと馬を知るため東大農学部に学士入学して獣医学を学び、国際馬術連盟登録獣医師を経て、現在は立命館大学総合科学技術研究機構の助教だという。これが小説デビュー作ということでネタを詰め込みすぎた印象もあるが、過去に例のない斬新なパンデミックミステリーだ。

(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2021年5月号掲載〉

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