今月のイチオシ本【デビュー小説】
『レオノーラの卵 日高トモキチ小説集』
日高トモキチ
7篇の短篇を収めたこの独特すぎる作品集の魅力を、いったいどう伝えればいいのか。幻想小説でもファンタジーでもSFでもコメディでもない。ルイス・キャロルとジュール・ヴェルヌと宮沢賢治と江戸川乱歩を混ぜ合わせて攪拌し、どうでもいい蘊蓄や雑学をぼかすか放り込み、自由闊達・融通無碍な文体でユーモアたっぷりに再構成した感じ?
「かくも軽やかに放られる幻想と与太と博識」(宮内悠介)とか「類い稀な〝自由自在っぷり〟」(瀧井朝世)という帯コメントが、読んでみると実に納得できる。ざっくり言えば、〝最高級の与太話〟か。
たとえば「コヒヤマカオルコの判決」では、16歳の女子高生(図書委員)が、なぜか突然マリエの町の古本ねずみ(公証人)にスカウトされて大法廷の臨時裁判官代行のバイトを引き受け、図書室で読みまくった本の知識で大岡越前ばりの名裁きを次々に披露する。まあ、流行の特殊設定ミステリと言えなくもないが、
〈「なんでロバの耳よ?」
コヒヤマカオルコが被せられた鬘には大きな動物の耳が生えていた。控え室の鏡を見たら意外と可愛かったので個人的にはOKだったのだが、いちおう文句を言ってみる。
「獬豸冠だ。法律を執行するもののの証だから黙って被っておきなさい」
「ああ、獬豸は非道の者を角で突き倒す性質から理を正すものとして法治の象徴とされた妖怪でしょ。……でも肝心の角生えてないよこれ」〉
みたいな奇天烈な語り口には、ジャンルの枠を超えた恐るべき中毒性がある。
著者の日高トモキチ(1965年、宮崎県生まれ)は、マンガ家、ライター、イラストレーターとして多方面で活躍するユニークな才人。自然観察エッセイマンガの『トーキョー博物誌』シリーズや、水族館飼育員の裏側を描くお仕事コミックエッセイ『水族館で働くことになりました』、里山を舞台にした実話怪談を蒐める『里山奇談』シリーズ(coco、玉川数と共著)などの著作がある。その日高トモキチが初めて単独で刊行した小説集が本書。驚異の新人作家、爆誕。
(文/大森 望)
〈「STORY BOX」2021年7月号掲載〉