今月のイチオシ本【エンタメ小説】
『ババヤガの夜』
王谷 晶
読んでいる間中、胸の奥から名状し難い興奮が突き上げてくる。冒頭、ぼっこぼこにされた状態で、新道依子が暴力団の会長宅に連れてこられた場面。組員の男の腕につかまるふりをして、立ち上がった直後、依子がその男を宙に抱え上げ、背中から石畳に叩きつけたところから、なんだ、なんだ、これは凄い、凄い、と圧倒される。問答無用で「男の金玉は潰せる」依子が、会長の飼い犬であるドーベルマンには「犬に罪はない。どんなに外道な人間に飼われていたとしても、犬には、罪はない」と、犬を盾にされた瞬間、屈服するのも、痺れる。
依子はバイト明けの歌舞伎町で、自分にちょっかいを出してきたチンピラをのしたのだが、そのチンピラの仲間数人に囲まれ、ビール瓶で後頭部を二度殴られ、意識が昏倒したまま、拉致されたのだ。依子を会長宅に連れてきたのは、組員の柳の判断で、そこには、会長の一人娘・尚子のボディガードとして、依子が使える、という目論見があった。
かくして、依子は彼女の意思にお構いなしに、尚子のボディガードを任される。この、文字通り深窓の令嬢である尚子と依子、絶対に交わることなどなかったはずの二人なのに、ある出来事をきっかけに、その距離がほんの少し縮まる。やがて、尚子の婚約者が、イカれたサディストであることを知った依子が選んだ道は……。
仕掛けのある物語なので、ここから先の展開は、実際に読んでみてください。何より素晴らしいのは、新道依子の造形だ。祖父に鍛えられた依子にとって、暴力は趣味のようなもの、という設定が堪らない。なにせ、祖父から叩き込まれたのは、実戦で使える、ありとあらゆる暴力の技術、なのだ。
読んでいる間中、思い出していたのは、ある書評家が「いたましいシスターフッドの物語」と評した、平庫ワカのコミック『マイ・ブロークン・マリコ』。あちらはウェットだったけど、こちらは徹底してドライ。そのクールさと、クソッタレな男どもへの強力な一撃になっているところが素晴らしい。読むべし!
(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2021年2月号掲載〉