採れたて本!【ライトノベル#02】

採れたて本!【ライトノベル】

 夢枕獏『小説 ゆうえんち ―バキ外伝―』が全五巻で完結した。『グラップラー刃牙』から『バキ』『範馬刃牙』『バキ道』と続く板垣恵介の人気格闘マンガのスピンオフとして『週刊少年チャンピオン』で連載された小説だ。ふたりにはすでに、夢枕の格闘小説の金字塔を板垣がコミカライズした『餓狼伝』があるが、今度は逆に夢枕が板垣作品のノベライズに挑んだという構図である。

 物語は、天涯孤独の少年・葛城無門が、師である松本太山を失うところから始まる。その死の原因が〝ゆうえんち〟なる場所で柳龍光なる男と戦ったことと知った無門は、師の仇を求め、謎の〝ゆうえんち〟を目指すが、その過程で多くの強敵と出会うことになる……。

 柳龍光の名前でわかる通り、本作の出発点は第二部『バキ』「最強死刑囚編」だ。世界各地に収容されていた凶悪犯罪者五人が突如、機を一にして脱走。「敗北を知る」ための戦いを求め一路東京を目指すというエピソードだ。夢枕によれば彼らは「みんな一度は捕まってんじゃないの」という発想から、そのうちの一人、柳龍光が逮捕されるまでを描く前日譚という骨子ができあがったという。

 ちなみに松本太山は、本編主人公・刃牙の恋人・松本梢の父親で、さらに無門はシリーズのレギュラーキャラクターとも血縁関係にある。加えて『餓狼伝』の磯村露風、『獅子の門』の久我重明といった夢枕作品の登場人物も出演。ノベライズという水準を超え、両名の作品世界が渾然一体に融合した、ファンサービスの塊のような作品だ。

 だが、板垣作品と夢枕作品のどちらか、あるいは両方を知らなかったとしても、問題はないはず。なにより本作は格闘小説として純粋に面白い。格闘マンガの頂点の一つである『刃牙』シリーズを小説にするなど生半可な課題ではないが、格闘小説の第一人者たる夢枕獏は、これに見事応えている。格闘技への奥深い造詣と思い入れに支えられたリアリズムがあり、さらにそこから大きく飛躍しての外連味溢れる「必殺技」の応酬がある。拳を交える一瞬のなかに、丁々発止の心理戦があり、なぜ戦うのかという思索がある。そして一戦一戦を通じて過去と向き合い、成長していく少年の青春がある。

 とりわけ三巻で無門が〝ゆうえんち〟の門を潜って以降は、決着までほぼ全編戦闘シーンという密度。それを一気呵成に──それこそコミックのようなスピードで読ませてしまうのだから、文字通り『刃牙』の小説である。正直、完結を機に全五冊を一気読みできる方が羨ましい。〝ゆうえんち〟へようこそ。

小説 ゆうえんち ―バキ外伝―5

『小説 ゆうえんち ―バキ外伝― 5』
板垣恵介/夢枕 獏/藤田勇利亜
秋田書店

〈「STORY BOX」2022年4月号掲載〉

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