採れたて本!【歴史・時代小説#07】

採れたて本!【歴史・時代小説】

 誉田哲也は〈姫川玲子〉シリーズを始めとする警察小説、〈武士道〉シリーズなどの青春小説のイメージが強いかもしれないが、デビュー作は、闇神と呼ばれる不老不死の吸血鬼・紅鈴が現代の日本で猟奇殺人事件に巻き込まれる伝奇小説『ダークサイド・エンジェル紅鈴 妖の華』(後に『妖の華』と改題)だった。

 紅鈴の物語は、デビューから十七年後に刊行された続編『妖の掟』に受け継がれたが、第三弾の本書は時代を江戸時代まで遡り、相棒・欣治との出会いが描かれている。著者はシリーズのスピンオフとして『吉原暗黒譚』を発表しており、本書はそれ以来となる時代小説である。

 借金を残して父が消えた欣治は、吉原で汚れ仕事をしている吉平によって母を売られ、幼い妹と家に残された。畑から作物を盗み何とか暮らしていた欣治は、村人に見つかり折檻されていたところを円光寺の和尚に救われる。妹と円光寺に引き取られた欣治だったが、和尚の目的は欣治を男色の相手にすることだった。

 和尚に襲われた欣治を助けたのは、紅鈴だった。事情を聞いた紅鈴は、欣治の母を吉原から出すため吉平に接触する。同じ頃、加賀の前田家の命で不老不死の妖の行方を追う忍の百地丹波一党は、紅鈴を捕らえる包囲網を狭めていた。

 母の帰りを待ち、懸命に妹を守ろうとする欣治の純粋さに魅かれた紅鈴は、欣治の母を身請けするため吉原で女郎になり、丹波の配下の忍たちと壮絶な戦いを繰り広げる。紅鈴は、吉原で百数える間に客を射精させられるかを賭ける「賭け抜き」で人気を集め、怪力と刃物でも切れない強靭な肉体を使って敵の体を投げ飛ばしたり、首をねじ切って血をすすったりするので、凄まじいエロスとバイオレンスが連続する。無双を誇る紅鈴にも弱点があり、それを知った丹波一党と戦うクライマックスは圧巻である。

 大人たちに裏切られた欣治は、自分も紅鈴のような「鬼」になりたいという。欣治を追い詰めた貧困と差別は現在もなくなっていないだけに、社会に切り捨てられた欣治に寄り添う紅鈴に触れると、若者を絶望させないために上の世代がすべきことを考えてしまうのではないか。

 人ならざるモノだけに、人間なら否応なく持つ欲望とは無縁で、情に流されず論理的に思考する紅鈴と、裏稼業をしているが何よりも契約を重視し常にフェアな対応をする吉平は、逆説的に人間の醜さと社会の闇を浮かび上がらせていた。それだけでなく、二人のフラットな立ち位置は、偏見なく世の中の動きをとらえる方法や、社会の矛盾に立ち向かうには何が必要かも教えてくれるのである。

妖の絆

『妖の絆』
誉田哲也
文藝春秋

〈「STORY BOX」2023年3月号掲載〉

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