採れたて本!【エンタメ#17】

採れたて本!【エンタメ#17】

 成瀬あかり、という現代日本に現れたヒーローをご存じだろうか。

 ヒーローというと男性のことを想像してしまうかもしれないが、成瀬あかりは女性である。だが私は彼女のことをやっぱりヒーローだ、と思ってしまう。なぜなら成瀬あかりは、かっこいいからだ。

 ……かっこいいから彼女はヒーローなんだ! なんて、ばかみたいな感想かもしれない。しかし本書を読むと、おそらくあなたにも成瀬あかりのかっこよさを分かってもらえるのではないかと思う。成瀬あかりは、現代日本を救ってくれるヒーローなのだ。なぜなら彼女は、スマホも持たず、人の目も気にせず、しかし自分のやりたいことに一直線の人間なのである。滋賀県の膳所に住み、京大にストレートで入学し、滋賀県を盛り上げる活動に従事する成瀬の活躍を描いたシリーズ二作目である本作は、成瀬の周辺の人々から見た成瀬を描く。

「成瀬」シリーズはなぜ面白いのか。それはこの小説が、現代を舞台にした青春小説シリーズであるのにもかかわらず、人間関係にも自意識にもSNSトラブルにも悩んでいない主人公の物語だからだ。つまり現代の若者が悩みそうなポイントをことごとくスルーしているところに本書のなによりの魅力がある。基本的にSNSが発達した現代において、若者は「他者からどう見られているのか」「他者と自分はどういう関係を築けばいいのか」を悩む話題に事欠かない。つまりこれまでは、他者から見た自分がどのような存在なのか、その自意識に悩む主人公を描くことが青春小説の王道だったのだ。しかし「成瀬」シリーズはそのような王道を打ち砕く。自意識に悩まなくとも、人間関係に思いを馳せなくても、青春は送ることができる。そのようなビジョンを成瀬は体現しているのだ。

 成瀬はなぜ私たちにとってヒーローになり得るのだろう? それはなぜなら、SNSをはじめとする承認欲求や自意識の網にとらわれた私たちにとって、成瀬はそこから抜け出し、それでいて自分のやりたいことに邁進する姿を見せてくれるからだ。成瀬だって悩まないわけではない。しかし成瀬は常に自分のやりたいことに焦点を当てて行動している。その姿勢は私たち読者に「こういうふうに生きていいんだ」という安心感を与えてくれる。

 かつて、戦隊アニメのヒーローは、敵と戦って世界を救ってくれた。しかし今、成瀬は、自分のやりたいことを成し遂げようとしつつ、それが他者にどう見られるかを気にしないことで、私たちを救おうとしてくれている。常に人の目を気にする私たちにとって、称賛を必要としない成瀬は、ヒーロー以外の何者でもない。成瀬をずっと見ていたいと読者が願うのは、彼女が現代日本の自意識の網から一歩外に出たヒーローだからなのである。

成瀬は信じた道をいく

『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈
新潮社

評者=三宅香帆 

萩原ゆか「よう、サボロー」第41回
『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR