作家を作った言葉〔第19回〕宮島未奈
小学三年生のとき、わたしの書いた読書感想文が市のコンクールで入選して、作品集に載った。読んだ本は、竹下龍之介さんの『天才えりちゃん金魚を食べた』。執筆当時六歳だった竹下さんが、五歳下の妹との日常をフィクションを織り交ぜて書いた物語である。
感想文には「自分と変わらない年齢の子がこんなおもしろいお話をかけるのはすごい」というようなことを書いた。
感想文の終わりには、編集委員の先生からだと思われる、無記名のコメントがついていた。
「あなたの文章には、人をひきつけるみ力があります。未奈さんも、お話を書いてみたらどうですか」
その最後の二文は神の啓示のごとく心に響いた。顔も名前も知らない先生から、文章に魅力があるとほめられた。わたしにそんな才能があったなんて!
以来わたしはノートに鉛筆で「お話」を書くようになる。学年が進むにつれて、お話を書く道具はシャープペンになり、ワープロになり、パソコンになった。
進路選択で文系を選んだのも、作家になるには文学部を出たほうがいいと思いこんでいたからだ。
大人になってお話を書くのをやめた時期もあったけれど、啓示からちょうど三十年で作家デビューを果たした。
あのコメントを書いた先生が誰だったのか、今さら特定できないし、存命かどうかすら怪しい。業務の一環として書いたコメントが一人の女子児童の人生に大きな影響を及ぼすなんて、思ってもみなかっただろう。
ここまで書き終えたところで、くだんの作品集が見つかり、久しぶりに読むことができた。驚くべきことに、先生からのコメントは記憶を頼りに書いたものとほぼ一致していた。三十年後も覚えているほど、繰り返し読んだに違いない。
宮島未奈(みやじま・みな)
1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒。2021年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18 文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。同作を含む『成瀬は天下を取りにいく』でデビュー。
〈「STORY BOX」2023年7月号掲載〉