採れたて本!【エンタメ#16】
「仕事のためには生きてない」。このタイトルを聞いただけで、どきりとしてしまう人もいるのではないだろうか。そう、世の中で暮らしている大半の人が、仕事のためには生きてない。もちろん仕事を生きがいにできたらそれはハッピーなことだが、しかし基本的に生きがいと言えるような仕事はかなり限られており、生きがいを削っていくような疲弊と面倒さのともなう作業が仕事の大部分を占めるのではないだろうか。だが、本書はそんな仕事に磨耗させられながら生きていく私たちの味方になってくれる。
食品メーカーに勤務する30代半ばの主人公・勇吉は、突然の人事異動でコンプライアンス部に配属される。その頃、企業は社長のコンプライアンスに関する発言で炎上中だった。社内のコンプライアンスを考え直すために、勇吉は集められた部下や上司と共に奔走するが、仕事が忙しすぎていつしか趣味のバンドの時間も取れなくなってゆく。
本書に「ブルシットジョブ」という言葉が登場する。「クソどうでもいい仕事」と訳されるこの語彙は、やってもやらなくても価値を生まないような雑務のことを指す。勇吉は自分の仕事がいつしかブルシットジョブになっていることに愕然とするのだ。
しかし本書の面白さは、ブルシットジョブに疲労する主人公を描きながらも、彼の従事する仕事が、作中で劇的な変化を遂げるわけではないところにある。たとえば労働小説というと、嫌な上司を仕事で打ち負かしたり、職場環境を大きく変えるようなヒーローが登場したりすることもある。だが、そのような華やかなフィクションを描くことなく、それでもこの小説は日本の会社員に明るい光をもたらしてくれる。嫌な上司は嫌なままだし、優秀な部下は転職していく。そして明日も仕事は続く。それでも、勇吉はいつしか仕事の山を越える。──実際の仕事もこういうものだよな、私も頑張ろう、と素直に思えるような小説になっているのである。
仕事のためには生きてないと言いつつも、それでも仕事でいいことがあったら嬉しくなるし、嫌なことがあったら削られるのが、普通だ。だからこそ本書は、仕事に生活を奪われすぎず、だけど日々明るく働けるような労働観を提示する。このような小説が増えたら、日本の働き方も変わるかもしれない、なんて希望が持てるような一冊になっている。それは、仕事にやりがいを持てない人々への応援歌そのものなのである。
『仕事のためには生きてない』
安藤祐介
KADOKAWA
評者=三宅香帆