◉話題作、読んで観る?◉ 第54回「よだかの片想い」
劇場公開中
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顔に痣のある女性を主人公にした、島本理生の恋愛小説の映画化。女優の松井玲奈が長年熱望していた企画で、主人公が傷つきながらも成長していく姿が繊細かつドラマチックに描かれている。
大学院生のアイコ(松井玲奈)は生まれつき、顔に青い痣があった。周囲に気を使われるのが嫌で、大学院で研究に没頭する日々を送っている。
出版社に勤める高校時代からの親友に頼まれ、顔に痣や怪我のある人たちを取り上げたルポルタージュ本のインタビューと写真撮影をアイコは引き受けることに。アイコの力強い眼差しと他人におもねることのない生き方は反響を呼び、売り出し中の映画監督・飛坂(中島歩)が映画化を申し込む。
飛坂の純粋さと笑顔に、アイコは初対面の場で引き寄せられてしまう。
顔の左側にある痣を気にして、アイコは人と並ぶときは相手の左側に立つようにしていた。そんなアイコが飛坂に恋をしたことから、そのままの自分を見てほしいと飛坂の右側に立つようになる。恋愛を通して、アイコが内面から変わっていく様子が、丹念に積み重ねられていく。
社会に対し、前向きに関わるようになったアイコは、病院でレーザー治療を受け続ければ、痣は消えることを知る。しかし、痣があったからこそ今の自分があり、飛坂とも出会えたと考えるアイコは、治療を受けることに躊躇してしまう。
宮沢賢治の童話『よだかの星』をモチーフに、ルッキズム(見た目にもとづく差別)の問題を扱っているが、松井演じるアイコの真っ直ぐな生き方が魅力的であり、同時に危うさも感じさせ、ひと時も目が離せない。恋愛映画や社会派ドラマといったジャンルの枠を超えた、さまざまな価値観を肯定する人間賛歌の物語だと言えるだろう。
アイコと家族との関係性をじっくりと描いた原作、アイコが最後の決断を下すまでを映像ならではの表現で映し出した安川有果監督と城定秀夫脚本による映画、どちらも好感が持てる。とりわけ、長回しで撮影された映画のラストシーンは、アイコが心の翼を手に入れて空へと羽ばたく瞬間を収めた奇跡的なカットとなっている。
(文/長野辰次)
〈「STORY BOX」2022年10月号掲載〉