ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第16回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第16回
横山光輝の漫画「三国志」の原画を見て
何を最初に思ったかというと
「これ、手で描いてんの?」だ。

先日、東京国立博物館に「三国志展」の取材に行った。

博物館というと敷居が高く「貴様はどこで三国志を知った?」という門番の問いに「恋姫無双です!」と答えるや否や、青龍偃月刀で5等分のオタクにされてしまう、というイメージがあるかもしれないが、そんなことはない。

もしやられたとしたら、それは恋姫と無双の間に「†」を入れ忘れている、という罪によるものだ、情状酌量の余地はない。

何故ならこの「三国志展」三国志時代の文物を展示しつつも、横山光輝の漫画「三国志」や、ゲームの「真・三國無双」ともコラボしているのである。

このように、博物館などの史実を扱う場所が、漫画やゲームなどのフィクションとコラボすることは全く珍しいことではなくなっている。

むしろ漫画やゲームで注目される、というのはその分野にとって大きなチャンスであり、今すぐモヒカングラサンになって乗るべき「ビッグウエーブ」と言える。

そんな漫画知識しかない、にわかオタクに、俺たちの庭を荒らされたくないという気持ちもあるかもしれない。
しかし、このご時世「集客できない催し」というのは、なかなか開かれない。
オタクはダメだ、女子どもはダメだ、と人を締め出すようなことをすると、その分野自体の存続が危うくなる。

またオタクだって、常に差別される側というわけではない。
東でアイドルが「私アニメが大好きで」と言っているのを聞けば、突然「昔から、ここいら一帯を仕切っている大地主」という顔になり「ここはあたいらドブスたちの漁場だよ、姑息なキャラ作りはやめて、カワイ子ちゃんはナイトプールに帰りな」と、アメ車のボンネットの上でとてつもない差別と偏見を言い出したりもする。

どちらにしても、その分野にとって「良い存在」とは言い難い。

「このジャンルを殺して俺も死ぬ」というヤンデレなら構わないが、自分が楽しむ場を増やしたいと言うなら「にわかの落とした金で俺たちの庭にプール作ろうぜ」と言うぐらいの余裕のある姿勢で良いのではないだろうか。

ともかく、東京国立博物館の「三国志展」は、漫画やゲームとコラボしている。

よって、2世紀ぐらいの文物に交じって21世紀のゲームのアイテムレプリカが置かれているという、文字通り時空を超えた空間になっているのだが、その中には、横山光輝の漫画「三国志」の原画も展示されている。

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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。