▽▷△超短編!大どんでん返しExcellent▼▶︎▲ 降田天「おばあちゃんといっしょ」

超短編!大どんでん返しExcellent第3話

 ぷしゅうという音をたててドアが開くなり、宏斗はDXヒーローカリバーを手にバスに駆けこんだ。平日の昼間だが空席はなく、数人が通路に立っている。待って、先に行かないで、とおばあちゃんのくたびれた声が宏斗の背中を追いかけてきたが、無視して進んだ。

 五歳の宏斗はもともとお年寄りが嫌いだった。のろまだし、しわくちゃだし、なんにも知らないし。パパとママが買ってくれないヒーローカリバーをおばあちゃんがくれたのはうれしかったけれど。

 宏斗は妊婦と老夫婦と松葉杖の男性で埋まった優先席の前で、ヒロくんここがいい、ここに座りたいと大声で言った。ドアが閉まりますとアナウンスが流れ、バスが発車する。わめいていると、見かねた妊婦がどうぞと立ちあがったので、宏斗はすぐさま座席によじ登った。ヒーローカリバーの切っ先が妊婦の腹に触れ、彼女が慌てて体を引いたことに、宏斗は気づかない。すいません、ありがとうございます、とおばあちゃんは妊婦にぺこぺこ頭を下げ、宏斗の前に立つ。優先席の向かいの一人席に座っていた若い女性が、妊婦に席を譲った。

 バス停を五つも過ぎるころには、宏斗はバスに飽きてしまった。最初のうちは車窓からの風景をものめずらしく思ったものだが、都会なんてどこも代わり映えがしない。退屈しのぎにヒーローカリバーのサウンドボタンを押すと、車内にけたたましい音が響き渡り、老夫婦がぎょっとしたように両手で耳を覆った。おばあちゃんはあちこちに向かってすいませんすいませんと頭を下げ、音を出すのはバスを降りてからね、と腰をかがめて宏斗をたしなめた。しわくちゃの口が顔のすぐそばに来て、宏斗はうえっとえずく真似をした。

 次は○○警察署前、とアナウンスが流れた。警察官好きの宏斗は降車ボタンを連打した。ここで降りるのと違うよ、とおばあちゃんが眉を寄せたが宏斗は舌を出した。

 警察署の前でバスは止まった。降車する客はいなかったが、乗車口からスキンヘッドの男性がひとり乗ってきた。筋肉質の体に鋭い目つきの持ち主で、眉毛がなく、宏斗以外の乗客たちをたちまち緊張させる雰囲気を纏っていた。男性は優先席の横に宏斗のほうを向いて立った。

 停車したおかげで宏斗は警察署をたっぷり観察することができたが、バスが再発進して三分もたつとまた退屈になった。お腹も減った。ヒロくんおやつ食べたい、とおばあちゃんに訴えると、おばあちゃんは背負っていたリュックからおまんじゅうを出してくれた。グミがいい、グミじゃなかったらクッキーがいいと騒ぐ宏斗をスキンヘッドの男性がじっと見つめたため、乗客たちの緊張感はさらに高まったが、宏斗自身は気づかなかった。先ほど妊婦に席を譲った女性が、よかったら、とクッキーの小袋を手におばあちゃんに声をかける。おばあちゃんは女性に丁寧に礼を言い、もらったばかりのクッキーを宏斗に与えた。宏斗はシートにぼろぼろかすをこぼしながらクッキーにむしゃぶりついた。スキンヘッドの男性の視線は、宏斗とおばあちゃんのあいだを行き来している。

 ああ無事に降りられますように、とおばあちゃんはぼやいたが、宏斗の耳には届かなかった。

 ——次は○○前。

 ——クッキーもっと食べたい。食べたい!

 ——次は△△。

 ——ヒーローカリバー! バババババーン!

 ——次は□□神社前。

「ここで降りるよ、ヒロくん」

 おばあちゃんに手を引かれて降車口に向かった宏斗を、スキンヘッドの男性が呼び止めた。おばあちゃんのすぼまった肩がこわばり、つないだ手に力が入った。

「ぼく、ばぁばと一緒にお出かけ、うれしいなあ」

 宏斗はきょとんとして男性を見上げた。

 男性は相好を崩しておばあちゃんに語りかける。おれ、おばあちゃん子だったから懐かしくなっちゃって。おばあちゃんは、ああそうなんですか、とほほえみ、宏斗を促して塗りの剥げた鳥居の前でバスを降りた。

 へんなの、と宏斗は思った。

 ヒロくんのばぁばはパパのほうもママのほうも両方死んでるのに。

「ところで、おばあちゃん、だれ?」 

「誰だろうねえ。今日からはずっとおばあちゃんと一緒だよ」

 怖くなった宏斗は泣きだしたが、辺りにはおばあちゃんのほかには誰もいなかった。日が傾きはじめた空の下、バスはふたりを残して遠ざかっていった。

 


降田天(ふるた・てん)
執筆担当の鮎川颯とプロット担当の萩野瑛による作家ユニット。少女小説作家として活躍後、2014年に「女王はかえらない」で第13回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、降田天名義でデビュー。18年「偽りの春」で第71回日本推理作家協会賞〈短編部門〉を受賞。著書に『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』『朝と夕の犯罪』『さんず』『事件は終わった』などがある。

加藤シゲアキ × 逢坂冬馬【SPECIAL対談】いま、僕たちが戦争を書くということ─前編─
加藤シゲアキ × 逢坂冬馬【SPECIAL対談】いま、僕たちが戦争を書くということ─後編─