古市憲寿さん『百の夜は跳ねて』

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この世は捨てたもんじゃない
著者近影(写真)
古市憲寿さん近影
イントロ

 若者論や保育園義務教育化問題など社会学者として数々の論考を発表し、コメンテイターとしてお茶の間を賑わす古市憲寿は、新進小説家でもある。
 最新長編『百の夜は跳ねて』は、デビュー作『平成くん、さようなら』に続き二作連続で芥川賞にノミネートされた。現代の日本社会を描き出そうと試みた本作には、小説というジャンルに対するストレートな情熱が宿されていた。


 二二歳の翔太は有名大学に進学したものの就職活動に失敗し、ふと見上げた新宿の高層ビルで偶然目にした、窓ガラスの清掃員として働くことを衝動的に決めた。品川区・新馬場の狭いアパートに暮らし、毎日都心各地の仕事場へ出かけて行っては、高度二〇〇メートルでブラシを「かっぱぐ」(窓につけた洗浄剤を「搔い」て「剝ぐ」)──。『百の夜は跳ねて』の主人公は、単行本デビュー作となった前作『平成くん、さようなら』の時のように、パラレルワールドの日本に暮らす住人でもなければ、ハイエンドな階級に属してもいない。毎月の家計のやりくりに悩み、自分の将来を憂える一人の若き労働者だ。

「同時代に生きている、隣にいる誰かのことを書きたいという思いが強くありました。『平成くん、さようなら』が特殊だったんですよ。あの小説では、平成の三〇年ちょっとの間に拡大した格差を表現するために、主人公をあえてお金を持った若者に設定しました。でも、僕が社会学者としてこれまでに出してきた本は、最初にメディアに注目していただいた『絶望の国の幸福な若者たち』が象徴的ですが、同時代に生きる同世代の人々のことを常に書いてきました。『百の夜は跳ねて』は、この時代にありふれている一つの生き方を書くという意味では、社会学者として書いてきたこれまでの本に近い気がします」

現実は変わらなくても現実の見え方は変わる

 執筆のきっかけは、ガラス清掃員という職業への注目だった。

「数年前からタワーマンションに住んでいるんですが、毎月初めに〝今月は何日が窓ガラスの掃除の日です〟という手紙が届くんです。初めの頃はその日付けを Google カレンダーに入れて、部屋のカーテンも閉めてとても気にしてたんですけど、三カ月ぐらい経ったら全く気にしなくなったんですね。冷静に考えてみれば、向こうからしても何百とある窓の中身をいちいち気にしていられないし、覗き込むようなことをしてはいけないという職業意識もきっとある。ガラス一枚分だけのものすごく近い距離にいながら、お互いに見て見ないふりをしているんです」

 その状況に物語の可能性を見出し、編集者の協力を得て、ガラス清掃員数名にインタビューをおこなった。すると、驚きの情報が飛び込んできた。

「先輩や同僚が死んだという話を、みんながするんですよ。安全対策も当然ばっちりしているだろうし、意外と大丈夫なのかなとイメージしていたので驚きました。死が当たり前にある労働環境は、僕の書きたい小説とも合っているように思えました。死を生々しいものというよりも、少し現実感のないものとして描きたかったんです。ちょうどその取材を始めた頃、ノルウェーに行っていたんですが、現地の人と喋っていたら北部のスピッツベルゲン島の話題になりました。その島には、〝生まれてはいけないし死んではいけない〟という規定があるんです。死というものを特異なものとして徹底的に排除している島の逸話と、自殺や孤独死が当たり前のような日本の都市で、自分も一歩間違えば死ぬかもしれないと頭の片隅で考え続けているガラス清掃員の現実とを結びつけたら、何か面白いものが生まれるんじゃないかと思いました」

 そして、死の存在をより身近なものと感じさせるために、翔太にひとつだけ、特殊な設定を加えた。死んだように生きている、と自認する翔太には、一人の死者の声が聞こえる。その声は、「生まれてはいけないし、死んではいけない」不思議な島の話をとうとうと語りかけてくるのだ──。

「部屋がタワーマンションの上のほうの階にあるか下のほうの階にあるかで、階級の違いがある。そういう描写は小説の中でもしているんですが、そこは意外とどうでもよくて。格差社会という言葉がありますけど、この世界における一番の格差って、生死じゃないですか。生者と死者の間には越えられない壁があって、今現在生きている人々だけが社会を構成したり動かしたりしている、とされている。でも、必ずしもそうじゃないんじゃないか。この社会は、死者と共にできている。例えば、死者が残した作品であるとか、死者が残した方程式であるとか、そういったものの積み重ねの上に今の社会はありますよね」

 ガラス清掃中に出会い、奇妙な依頼を持ちかけてくる老婆の存在も、翔太の固定観念にくさびを打ち込む。生者と死者、窓の内側で安穏としている人間と外側にいる自分との「格差」が、翔太の内側で少しずつ揺らぎ出していく。

「自分から一歩踏み出さなければ出会うはずのなかった人と出会うことで、死は想像しているほど怖くないのかもしれないなとか、人間って悪くないな、この世界って悪くないなということを主人公は再発見していく。そんな展開は甘いよって言う人もいるかもしれないけど、小説は〝世界をこういうふうに見てもいいんじゃないですか?〟という提案だと思うんですよ」

古市憲寿さん


 実は、本作を執筆中にずっと思い浮かべていた小説があると言う。太宰治の短編「富嶽百景」だ。

「物語の冒頭では富士山のことをバカにしていた太宰。しかも富士山がよく見えるという峠に登ってみたら深い霧が出ていた。だけど山頂の茶屋のおばさんが富士山の写真を見せたりと、懸命にフォローしてくれるんです。そうした交流を通じて、富士山って悪くないのかもなと思う。現実は変わらないかもしれないけれど、解釈によって現実の見え方、認識は変わるんですよね。同じことを、現代日本の都市で描いてみたかったんです。認識を変えたら、現実に対する行動も変わる。それによって、ゆくゆくは社会が変わることもあり得ると思うんです」

 小説の中で、色濃く描写した東京の街並みは、子供の頃によく落描きしていた「原風景」だったという。

「五歳まで東京にいて、六歳で埼玉に引っ越したんです。川口市ってところなんですが、東京二四区だって言い張ってる街なんですよ(笑)。そういう街に生まれ育ったので、東京への憧憬が増したのかもしれないです。東京の高層ビル群や湾岸地帯の無機質な風景が、自分にとっては〝良きもの〟としてインプットされているのかも」

窓に灯る一つ一つの光は何百万人もの人々の集積

 その風景の中で暮らすことが当たり前になると、忘れがちになってしまうことがある。一つ一つの窓の向こうに、個々の人生があるということだ。『百の夜は跳ねて』は、そうした想像力を回復させる物語でもある。

「大学時代に住んだノルウェーの大学の寮が、無機質なビル群だったんです。でもだんだん友達が増えていくと、〝あの友達は一四号棟の一二階の角部屋に住んでいるんだよな〟とか、窓に灯る一つ一つの光に意味が与えられていくんですね。東京の、都市のビル群も、誰も人なんかいないように見えるんだけども、実は何百万人もの人々の集積でもある。その気づきは、この小説で描きたかったことの一つです」

 どこかの窓の向こう側に、自分の人生を大きく変える人がいるかもしれない。その可能性を思えば、この世界は捨てたもんじゃない。

「この世界は、優しさが標準的にシステムにインストールされているんじゃないのかなと思う時があります。いろんな社会現象を見渡してみると、合理的に生きるとか、論理的に良しとされるものを選ぶことを繰り返していくと、結果的に優しさに近似することが多い。例えば〝互酬性の原則〟がありますけど、人は相手に何かされたら、相手に何かを返しちゃう習性がある。その習性を、ネガティブにではなく、優しさの贈り合いとして構築できたら、人間関係は円滑になりますよね。社会のルールをどんどん勉強していけばいくほど、人の言動はきっと優しさに近づいていく。そのことについて考えてみたいという気持ちが、僕が小説を書く一つの動機になっているのかもしれません」

 複数の肩書を持ち多忙を極めているが、これからも小説は書き続けたい、と力強く言い切った。

「今の時代は、小説だからできることが増えていると思うんです。例えば、現実に起きた事件についてノンフィクションで書こうと思っても、プライバシーの問題で書けない部分が多い。テレビの世界でも、コンプライアンスが年々厳しくなっていて、三年前には言えたようなことも今は言えなくなっています。その窮屈さに、慣れちゃうのが怖いんですよね。もうちょっと風通しがいい場所を確保しておきたいって思った時に、その一個が僕にとっては小説だった。世の中的には古臭いメディアだと言われがちだけど、小説の持つ自由さは、言葉が保守化していく時代だからこそ、新しい価値を持てるんじゃないかと感じているんですよ」
 


百の夜は跳ねて_書影

新潮社 本体1400円+税

「格差ってのは上と下にだけあるんじゃない。同じ高さにもあるんだ」。高度200メートル。僕はビルの窓を拭く。頭の中で響く声を聞きながら。ある日、ふとガラスの向こうの老婆と目が合い……。境界を越えた出逢いは何をもたらすのか。


 

著者名(読みがな付き)
古市憲寿(ふるいち・のりとし)
著者プロフィール

1985年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『だから日本はズレている』『誰の味方でもありません』『保育園義務教育化』など。2018年に、初の小説『平成くん、さようなら』を刊行。

〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉