師いわく 〜不惑・一之輔の「話だけは聴きます」<第51回> 『テレビやSNSを見て落ちこみます』

残暑お見舞い申し上げます。お盆が過ぎれば夏も後半戦。お盆休みに海外に行かれた人、国内で満喫した人、日頃の疲れが出て寝て過ごした人。そもそも休みなんて取れなかった人……過ごし方は人それぞれだけれど、SNSが発達した今日では、どうしても自分と他人をなにかにつけて比べてしまいがち。するとそこには新たな“お悩み”が生まれ……。

 

一之輔師匠(以後、師):高成さん、はい。これハワイアンのお土産。

編集の高成さん(以後、タ):えっ? ハワイに行かれたんですか!?

師:ハワイじゃなくて、ハ・ワ・イ・ア・ン。

タ:……??

キッチンミノル(以後、キ):スパリゾートハワイアンズに行ってきたんですよ。

タ:ああ〜…常磐ハワイアンセンターですね。

師:今はスパリゾートハワイアンって言うんです。あれ?…ちょっとバカにしました?
池袋から約2時間で行ける常夏のハワイアンリゾート。プールがあって日本最大のウォータースライダーがあって、疲れた体は温泉でほっこり癒やしてさ。ハワイに温泉がありますか!?…って言いたいよ。しかも世界最大の露天風呂だからね。
【編集部注】スパリゾートハワイアンズ…福島県いわき市にある大型リゾート施設。南国風の温水プールや温泉、宿泊施設ばかりかゴルフ場まであり、まさに常夏の楽園ハワイ。……ちなみにハワイ諸島は火山活動が活発なので、温泉はあります。ハワイ島が有名だそうです。

タ:はぁ…

キ:あっ、ちなみにお土産は師匠と私からになります。

師:キッチンはお金払ってないけどな。

キ:それは今言わなくても~。

タ:まぁまぁ。どうもありがとうございます。……キッチンさんも一緒だったんですか?

師:家族水入らずで…と言いたいところなんだけど、キッチンも行きたいって言うから…

キ:でも、私がいたほうが楽しかったでしょ?

師:なんでだよ!

キ:プールでは毎日サーカスやフラダンスのショーがあって。夜には露天風呂に浸かりながら影芝居を一緒に見て……ね?

師:キッチンは関係ねーだろ。

キ:師匠はフラダンスが気に入ったみたいで、滞在中に3回も観に行ってましたよね。

師:行く前は、踊りだけ見て何が楽しいんだって思ってたけど、踊っているだけなんだけど魅せるもんなぁ。

キ:オーソドックスなフラダンスから、熱帯にいる鳥に見立てているのか奇声を発しながら踊るもの。志村けんさんがやりそうな踊りもありました。

師:激しい踊りになると、これでもか! これでもか!…ってくらいに腰を振って。

キ:腰がどこかに飛んでいきそうでしたもんね……

師:「腰を振る」っていうとうなんかスケベ心が出てきそうだけど、そんな浅はかな考えなんて一気に吹っ飛んでしまうくらい。それくらい腰を振ってたなぁ。

キ:私は最近また太ったせいか、それとも重い荷物を運び過ぎのせいなのか、膝が痛くなってきてるんですが。軟骨って歳をとるとすり減って、それで膝とか痛くなるらしいんですけど…

タ:……軟骨?

キ:激しいフラダンスは、どんどん軟骨をすり減らしているみたいで。フラガールたちの腰の軟骨が心配で心配で、もう見ているだけでハラハラしました。

師:……心配になっちゃったんだ。

キ:はい。

師:どーでもいいよッ!! そんなこと。

キ:いや。引退したフラガールの、腰のケアは考えなくちゃいけないなって思ってます。

師:だから、誰目線だよッ!?

タ:…………すごく楽しかったんだなということは私にも伝わりました。

キ:滞在中の費用のほとんどは部屋付けにすることができるので、現金を持たずに行動できるのも楽でしたよね。

師:うん、あれは楽だった。

キ:だけど師匠のお子さんたちにとっては初めて目にするシステムで、食べものやお土産は買っているのにお金を払ってないのが不思議だったみたいで。「部屋付けってなに?」って訊かれたから、帰るときにまとめて払うんだよって教えてあげたんです。

師:そしたら、子どもたちが青ざめちゃって。

キ:「払えなかったらどうすんだ!?」って騒ぎ出したんですよ…

師:「パパがそんなにお金を持っているわけない!」って。
プールでも温泉でも、「さっきから見てると部屋付けばっかりしているけど大丈夫なの?」って本気で心配してたよなぁ。

キ:「払えなかったらお母さんを人質にして帰ろう」って師匠が提案したら、子どもたちに総スカンを食らってました。

師:「それじゃあお前らが皿洗いして払うか?」って言ったらさ…

キ:それも嫌みたいで、あれ買ってこれ買ってコールが急に影を潜めましたよね。

師:あれはラッキーだった。オレがキッチンの分のビールを部屋付けにしたら…

キ:「どうしてキッチンさんが吞んだ分までうちらが払わないといけないんだ!」って次男くんに睨まれて…

師:長男には「うちは貧乏なんだから…」って言われてね。少しは遠慮しようねっていう空気を出されて……

キ:はい。だから大きな声で「ごちそうさまでした!!」って言っておきました。

師:子どもたちは苦笑いだよ。

キ:この空気を挽回しなくちゃと思って、以前、将来はカメラマンになりたいって次男くんが言っていたことを思い出して「キッチンさんになにか質問ある?」って訊ねてみたら…

師:「カメラマンは儲からなさそうだからやめた」って。……あの時のキッチン、すごく寂しそうな顔してたよなぁ。

キ:まぁ、あえて反論はしませんけど…

タ:キッチンさん、今もすごく寂しそうですよ。

キ:……言わないで。

 

師に問う:
一之輔さんに格差が激しい、この世の中の処世術を伺いたいです。
私は他人と自分を比べてしまい、落ち込んだり、相手のことを羨ましいと思ったりしてしまいがちです。自分よりお金を稼いでいる人や高そうな家に住んでる人がテレビに出ていたり、SNSでなにげない文章にたくさん「いいね!」や「❤」がついているアカウントや自慢に満ちたツイートを見たりすると、「私だって負けるものか!」と思うより前に、「いい思いをしていてズルイ!」と嫉妬心が押し寄せてきます。見なきゃいいのにと思ってもテレビやスマホをついつい見てしまい、にっちもさっちもまいりません。
一之輔さんは噺家というお仕事柄、とてつもなく稼いでいる人、思わず嫉妬してしまうほどの人気を博している方に出会う確率が多いのかなと思い、質問をさせていただきました。一之輔さんのように、人気の噺家さんでも驕らず偉ぶらずに日々精進していけるようなアドバイスをお願いします。
(オニ吉/男性/35歳/東京都)

 
 

キ:嫉妬はしますよね……師匠はどうでしょうか?

師:するよー。小栗旬とか見てると、オレよりかっこいいなぁ…って。少しだけね。たとえが古いけど。

キ:……はぁ。まったくの畑違いですしね。

タ:私は、中学の同級生だった女子がお金持ちの旦那と結婚してしょっちゅう海外でゴルフしているのをSNSで見ても、絶対に「いいね!」を押せないです……自分だって頑張って勉強して会社に入ったのに、海外でゴルフなんてしたことないなぁって思っちゃって。

師:嫉妬しているんだ。

タ:はい。くそ…でもオレのほうがいっぱい本を読んできたぞって。

キ:あはは。まったく別次元で自分のほうが勝っていることを、自分のなかに見つけて…

師:自分を奮い立たせているんだ。

タ:……それでも素直に「いいね!」は押せないです。

キ:人生の良し悪しの基準は人それぞれ、いろいろあっていいと思うのですが、お金があるかどうかが、その他の基準を凌駕してしまって勝手に傷つくことってありますよね……

タ:そうなんです。勝手にモヤモヤしちゃうんですよね……大金持ちになりたいと思ったこともないのに。

キ:師匠は、今でこそ売れっ子の部類に入っていますが、二つ目の最初の頃とか仕事がなかったときに、絶対にあいつよりオレの方が上手いのになんで仕事が来ないんだよ!?…って思うことはなかったんですか?

師:う〜ん……なかったなぁ。

キ:なかったんですか…?

師:人気っていうのは相手の好き嫌いだからね。落語の良し悪しで決まるものではないと思っているから。メディアでの人気なんかと関係ないところでやっている噺家なんていっぱいいるから。

キ:なるほど。

師:だけど落語会とかでは、その日の出演者のなかではいちばんウケたいとは常々思っている。

キ:それでも、逆にいちばんウケなかったって経験もあったと思うんですけど……

師:あったね……うん。

キ:自分はウケなかったのに、他の方はドッカンドッカン……悔しいですよね。どうやって気持ちを落ち着かせたんでしょうか?

師:オレの場合は、吞んだら忘れちゃうんだよ。

キ:……ああ、そうでした。あんまり根に持たない。

師:いいことも悪いこともね。オレ、忘れっぽいからさ。

キ:そこなんですよね~。

師:どこなんだよ。

キ:本当にいい性格してますね……ふぅ。

師:忘れっぽいっていいぞ~~!

キ:それがなかなかできなくて、みんな困っているんですけど…

師:それじゃいちどトンカチで頭を殴ってみたら?

キ:頭蓋骨が凹むぐらいにね…って、できるか!

師:ダメ?

キ:これまで生きてきた記憶さえ失っちゃいますよ。

師:そうかぁ……で、この人はいくつなの?

キ:35歳です。すでに成功している人もいれば、これからだぞっていう人もいるような年頃ですよね…

タ:現代は、いろんな情報をすぐに見ることができて比べやすくなっていますから。「アイツはいい思いをしてズルイ!」って思っちゃうのもわかります。

師:そういうときは、ちょっと荒療治だけど、ネットを開いて人を羨んだり妬んだりしているときの、自分の顔を見てみたらいいんだよ。

キ:顔を?

師:「今から他人を羨んだり妬んだりするぞー!」って決めて、動画で自分の顔を録りながらパソコンに向かってみる。

キ:えーと……鏡でもいいですか?

師:鏡でもいい。……自分の顔をよく見るっているのは大事。どんな表情をして生きているのか知っておくというか。自分は今どういう顔をしているだろうかって意識して生活するべき。

キ:なるほど。

師:自分の顔を意識している人って、前向きな人が多いもんだから。

キ:確かに自分の顔を常に意識していれば、奢ったり偉ぶったりもしなくなりそうです。そういう場面で魅力的な表情をしているなんてことは、ないですからね。

師:だけどさ…

キ:はい。

師:嫉妬はね、してもいいと思うよ。だって一生、理想と現実の折り合いはつかないものなんだから。とくに芸人は「こんなところで燻っていてたまるか!」みたいな思いが、良い芸に繫がっていったりするから。

キ:……

師:だから芸人って、ずーっと嫉妬しているんじゃないかな? 死ぬまで。芸人自身が「オレはもういいんだ。ここまでくれば上出来」って思ったら、もうオシマイなんだと思うよ。死ぬまで嫉妬し続けなきゃいけないんだよ。「お前、こんなんで満足しちゃうのかよ」って。

キ:だから、嫉妬はしていい…と?

師:いい。嫉妬は人生の起爆剤。

キ:確かに。だけどオニ吉さんは起爆剤的に「オレだって負けるモンか!」と思うよりも、「アイツばっかりズルイ!」という気持ちのほうが強いみたいです。

師:はいはい。

キ:しかも、見なくてもいいテレビやスマホで情報収集してしまって、身動きが取れなくなってしまっているんです。

師:……オニ吉には、嫉妬は諸刃の剣だということを知っておいてほしい。薬にもなるし毒にもなる。

キ:といいますと?

師:妬み嫉みは次のステップへ進む起爆剤の役目もするけれど、反対に作用すれば恨みになってしまう。

キ:誰かに嫉妬するのはよいけれど、誰かを恨んではいけないということですね。

師:そう。あくまでも妬み嫉みまで! 恨みつらみはダメ!

キ:なるほど。

師:オニ吉よ。嫉妬の呪縛から解き放たれるには、自分自身を見失わないこと。

キ:自分を見失わずに、あくまでも妬み嫉みまでで納めよ…と。

師:オニ吉よ……自分自身を大切にな。

キ:兄貴―――ッ!

 

師いわく:
嫉妬はOK

(師の教えの書き文字/春風亭一之輔 写真・構成/キッチンミノル)※複製・転載を禁じます。

 

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プロフィール

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撮影/川上絆次

(左)春風亭一之輔:落語家

『師いわく』の師。
1978年、千葉県野田市生まれ。2001年、日本大学芸術学部卒業後、春風亭一朝に入門。前座名は「朝左久」。2004年、二ツ目昇進、「一之輔」に改名。2012年、異例の21人抜きで真打昇進。年間900席を超える高座はもちろん、雑誌連載やラジオのパーソナリティーなどさまざまなジャンルで活躍中。

(右)キッチンミノル:写真家

『師いわく』の聞き手。
1979年、テキサス州フォートワース生まれ。18歳で噺家を志すも挫折。その後、法政大学に入学しカメラ部に入部。卒業後は就職したものの、写真家・杵島隆に褒められて、すっかりその気になり2005年、プロの写真家になる。現在は、雑誌や広告などで人物や料理の撮影を中心に活躍中。

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iwakuichinosuke@shogakukan.co.jp

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