翻訳者は語る 白石 朗さん

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第15回
翻訳者は語る 白石 朗さん

 スティーヴン・キング、ジョン・グリシャム、ネルソン・デミル……米国を代表するエンタメ作品を数多く翻訳している白石朗さん。新刊『ファイアマン』は、そのキングの息子にしてモダンホラーの俊英ジョー・ヒルによる、千三百ページの大長篇。親子作家のどちらの作品も手がける白石さんが語る意外な共通点とは……?
 

〈『ウォーキング・デッド』のような〉

 ストーリー性が豊かで、ある程度の人数が登場するアメリカのテレビシリーズ。『ファイアマン』の原書を読んだ時、そんな印象を持ちました。皮膚に鱗状の模様が現れ身体から発火、焼死するという未知の伝染病の猛威と、迫害された感染者たちの人間模様を描いたポスト・アポカリプスものですが、そのテレビシリーズの代表と言えば『ウォーキング・デッド』。本作は様々な人気テレビドラマのいいところをうまく掬い取っているな、と。

 登場人物は多いのですが、視点人物をハーパーという女主人公に絞っているので読者が感情移入しやすく、時系列に沿って描かれていて読みやすい。各章の終わりに必ず次章への引きがある点もテレビシリーズっぽい。伝染病患者たち、特に子どもや妊婦など、社会の中で中心になれない人たちを中心に物語を紡いでいるところも面白いと思いました。

 これまでのヒル作品と比べて、ホラーやファンタジーの読者以外にもアピールしようという著者の攻めの姿勢を強く感じました。一方で相反するようですが、核の部分では自分のジャンルへの思い入れが伝わってきて、今後、そのバランスをどう取っていくのかが気になりますね。

〈「この世ならぬもの」を訳す〉

 大きな読みどころとして、ファイアマンやニックという少年が炎を自由に操る迫力満点のシーンがあります。こういう「この世ならぬもの」の描写の訳は、とりわけはっきりくっきりを心がけました。著者自身も火の鳥の大きさを「小型飛行機くらい」と具体的に表現するなど、より伝わりやすいような工夫をしているので、それを生かすようにして。僕もSFやファンタジーが好きなので、このシーンはつい力が入ってしまいました(笑)。

〈お父さんに似てきた?〉

 ヒルの長篇はこの四作目まで着実に長くなっていますが、このボリュームの増え方は初期のお父さんのキングを思わせます。しかも『ファイアマン』は四作目にして作家歴の最長作になった点ばかりか、ポスト・アポカリプス・テーマの野心作だという点でも、父キングの長篇四作目『ザ・スタンド』を思わせるものがあって、「血は争えないな」と思いました。

 ほかにも、作品の中にそれまで影響を受けた先行作品をたくさん埋め込んでいるのも、キングと共通する特徴ですね。本作では映画『メリー・ポピンズ』、『ハリー・ポッター』『華氏451度』といった小説、それにロックの歌詞などがひんぱんに言及されます。子どもの頃から家庭内でそういった映画や本、音楽をたっぷり浴びて育ってきたのでしょう。そうそう、短篇集での序文やあとがきでの饒舌ぶりもお父さん譲りなのかな(笑)。自分を育てた作品群を意識的に自分の作品に埋め込む。先行作への畏敬の中から自分が出てきたことに自覚的な作家だと思います。

〈海外小説へのめざめ〉

 子どもの頃は運動が苦手で本ばかり読んでいました。最初に触れた海外作品は、アルセーヌ・ルパンやドリトル先生シリーズですかね。特に強く印象に残っているのはオリバー・バターワースの『大きなたまご』。アメリカの田舎のある少年の家で飼う鶏が大きな卵を産み、そこからトリケラトプスが生まれちゃうという話です。恐竜がどんどん大きくなり少年になつくんですが、国中から注目を集めて大騒ぎに。大人はさまざまな思惑を持ち、少年は恐竜を守ろうとテレビで演説したり、子ども心に「アメリカっぽい」と強烈な印象がありました。いまも「トリケラトプスはグラジオラスの花が好き」という、何の役にも立たないことを覚えているほどですから(笑)。

〈エンタメ小説へのこだわり〉

 今後手がけたいもの? 大長篇の直後なので短い作品だとうれしい(笑)。それは冗談ですが、僕自身エンタメで育ってきた人間なので、自分が面白いと思ったエンタメ作品を紹介し続けていきたい。最近は『チップス先生、さようなら』や『見知らぬ乗客』など新訳にも取り組みましたが、今後も機会があればE・S・ガードナーの弁護士ペリー・メイスン・シリーズなんて挑戦してみたいですね。

白石 朗(しらいし・ろう)

英米小説翻訳家。『グリーン・マイル』『ファインダーズ・キーパーズ』『汚染訴訟』など、訳書多数。

(構成/皆川裕子)