さとみ らん

里見蘭

一九六九年東京都生まれ。早稲田大学卒業。二〇〇四年、『獣のごとくひそやかに』で小説家デビュー。〇八年『彼女の知らない彼女』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第210回
「すでに述べたように、吸い殻と精子のDNAは別人に由来するので、ほとんどの型が一致していませんが、一番高いピークと一番低いピークを比べてみると、あることがわかります」園山は具体的に注目すべきピークを指定した。「どちらも精子のピークの方が高い。私がすべてのピークの高さを集計して平均を割り出した表も出してください」志鶴は言
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第209回
「先ほどの遠藤証人への尋問で、塩素系漂白剤の成分である次亜塩素酸ナトリウムはDNAを破壊する、という証言がありました。次亜塩素酸は、法医学など検査や実験を行う現場ではどのような位置づけのものでしょうか」「次亜塩素酸ナトリウムは生化学の世界ではとてもなじみ深い試薬の一つで、検査室には何本もの容器が常備されています」「なぜ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第208回
「その二つの事件が、どんな風に科警研の退職に影響したんですか?」「よくぞ訊いてくれました」園山がにっこり笑う。「科警研ってね、全国の都道府県の科捜研の研究員たちが研修に集まる、科捜研より上位の組織なんですよ。DNA型鑑定の資格も、科警研の研修を受けないともらえないんです。言ってみれば日本の科学捜査の最高峰、総本山。あれ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第207回
 休憩を挟んで開廷された。遠藤の席は空席になっている。「裁判員の皆さんに説明します。本日の残りの証人尋問は、綿貫さんの体内から採取された精子のDNAを争点としています。検察側は、精子のDNAは漂白剤によって破壊されているので鑑定結果は信用性が低く、精子のDNAに証拠価値はないと主張しており、弁護側は反対に、精子のDNA
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第206回
「あなたは先ほど、漂白剤から次亜塩素酸ナトリウムが検出された、とおっしゃった。次亜塩素酸ナトリウムは消毒や殺菌などにも用いられる、われわれにとって比較的身近な化学物質です。しかし、鑑定作業においては一筋縄ではいかない存在としても専門家には知られている。時間経過した液体試料や液体をかけられ変色・脱色した乾燥試料からは検出
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第205回
「検察官、反対尋問を」能城が言った。「青葉が──」青葉が立った。「あなたは先ほどの主尋問で、煙草の吸い殻のDNA型鑑定を行ったときと、精子のDNA型鑑定を行ったときとは同じ条件だったとは言えないという回答をしました。その意味を教えてください」「はい。煙草の吸い殻のDNA型を鑑定したときは、採取された試料の管理状態は申し
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第204回
13 公判前整理手続で綿貫絵里香の膣内から採取された精液のDNA型鑑定書の証拠採用を請求したが、検察側から不同意とされ、鑑定書を作成した遠藤が証人尋問されることになった。今度は志鶴が主尋問に立つ。「すでに遠藤証人の氏名、所属、資格、経歴等については先ほどの尋問で明らかになっておりますので省略します。あなたが令和×年三月
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第203回
「先生は、二つのDNA型が『検査した十六のローカスで完全に一致』した、とおっしゃいました。実際一つ一つのローカスを見るとピークの数と位置が完全に一致しています。この結果の意味するところは何でしょうか?」「ここからはDNA型鑑定の確率の話になります。たとえば血液を考えましょう。現実の鑑定はもっと複雑ですがここでは単純化し
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第202回
 モデル図では管のマイナス極からプラス極へとDNAの移動する様子を表す矢印が描かれ、プラス極の到達点を拡大した図には左右に二本、鋭い三角の突起が描かれ、プラス極に近い方に「7型」、もう一つには「12型」と書かれていた。「短い塩基のくり返し数が多いほどDNAは長くなり、重くなります。くり返し数が少ないほどDNAは短くなり
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第201回
 休憩後、一人目の証人尋問が始まった。足立南署刑事課鑑識係に所属する女性警察官だった。綿貫の遺体遺棄現場で煙草の吸い殻を採取し、証拠として保管して報告書を作成した。蟇目は、その一連の手続きが国家公安委員会規則である犯罪捜査規範に則(のっと)った適正なものであったことを証言させた。尋問の途中では綿貫から出血した血がついた
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第136回
 取調べ映像を裁判員に見せると、それは他の証拠よりも裁判員の判断に過大な影響を与え、その映像だけで被告人が犯人か否かを判断してしまう傾向がある。現実に即して単純化すれば、取調べで被疑者被告人が「自白」する場面さえ裁判員に見せることができれば、検察側が有罪心証を得るのはたやすいということだ。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第135回
「はい。弁護人は今、問題となった証拠に違法収集証拠排除法則を適用しようとしていますが、まさしく弁護人が示したように、憲法及び刑訴法は特別に規定を設けて自白の証拠能力に厳しい規制――自白法則――を設定していることを考えると、自白の証拠能力はその範囲で否定するのが法の趣旨であると解するのが自然であって、それを超えて違法収集
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第134回
 公判前整理手続はたんに公判の期日等を決めたり調整したりするだけの場ではない。刑事裁判において最も重要な証拠の採用を巡り検察側と弁護側との攻防は始まっている。能城のようにこれまで検察と一体化したような有罪判決を数多く書いてきた人間が裁判長なら、弁護人は裁判官とも闘わなくてはならない。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第133回
 都築は書記官に目を向けた。「記録してるか?」「え……」いきなり水を向けられた男性書記官は動揺した。「これまでのやり取り、すべてちゃんと記録してるか訊いている」
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第132回
 八月六日。東京地裁の法廷に、裁判長を始めとする三人の裁判官と書記官、三人の公判担当検事、志鶴、都築賢造、田口司の三人の弁護団の他、被告人である増山淳彦本人も初めて出頭していた。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第131回
 書類を読んでいるだけで息が詰まりそうになる。起訴前、志鶴は一度岩切本人と直接対峙した。結果的には失敗したが、岩切が増山の身柄の勾留を裁判所へ請求するのを防ごうと東京地検の執務室へ乗り込んだ。岩切はその場で、むごたらしく命と尊厳を踏みにじられた綿貫絵里香の理不尽な死を悼み、犯人への激しい憤りを志鶴にぶつけてきた。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第130回
「漂白」目次  類型証拠として検察官に開示請求した証拠のリストと開示された証拠とを突き合わせて漏れがないかを確認し、実際に開示された証拠、該当する証拠なしと回答されたものについてはそれに合
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第129回
 証拠資料が入った段ボールを会議室へ運び込むと、三浦俊也はまず検察官の証明予定事実記載書に目を通した。