渡辺 優『アヤとあや』

渡辺 優『アヤとあや』

仮病で休んだ平日の午後


 最初は、幼い子供を主人公に、ほのぼのとしてささやかな冒険物語のようなものが書けたらと思っていました。身体の小ささと相対して周りを取り巻くすべてが大きく見えたあの頃。家や教室や校庭、細い緑道や公園が人生のすべてだったあの頃。あの頃の瑞々しく繊細な視線で、世界のあれこれを描けたらと思ったのです。ただ、そういったノスタルジックな風景を思い出せば思い出すほど、もやもやしてきました。子供時代の私はイライラしていました。いつもなにかに不満を抱え、エネルギーだけを持て余し、無力で高慢でした。瑞々しく繊細な視線など、そういえば持っていたことなんて一度もなかったのでした。

 そんな子供時代、しかし、そうやって不満を抱え日常をぐちぐち消費しつつも、世界のなにもかもを憎んでいたわけではありません。好きなものもありました。その最たるものが仮病です。

 どうしても気乗りしない朝、仮病で勝ち取ったずる休みの平日の自由時間とか。退屈な授業中に、仮病で抜け出した廊下の静けさとか。仮病で訪れた保健室の特別感とか。思い返してみると、私の子供時代の楽しみの多くは仮病によって得られたものでした。しかし今、大人になってフリーランスの職に就き、仮病で人を騙すとシンプルに信頼を失くすという状況にあって、そんな仮病の喜びは失われました。子供時代の失われた喜びを詰め込むような気持ちも込めて書きました。

 そういうわけで、無力で、イライラして、よく仮病を使う高慢な子供が主人公となってしまいました。主人公「亜耶」は画家の娘で、その絵のモデルを務めていて、五歳年下の弟と、唯一無二の特別な友達である「彩」がいます。子供の頃に出会っていたとしたらあまり仲良くなりたくないタイプの女の子かもしれませんが、誰よりも幸せになってほしいという気持ちです。

 ところで、仮病で休むのって楽しいですけど、午後になってくるとじわじわと逃れられない焦りが湧いてきたことを覚えています。幸福の時が失われつつあるという焦り。明日には、前日仮病で休んだというハンディを持って現実に戻らなければならないという焦り。あの独特の焦りなんかも、本作で書きたかったものの根幹に通じる部分があるように思っています。

 子供のころ仮病で休むのが好きだったという方には、特に読んでいただきたいです。何卒よろしくお願いいたします。

 


渡辺 優(わたなべ・ゆう)
1987年宮城県生まれ。宮城学院女子大学卒業。2015年『ラメルノエリキサ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。著書に『自由なサメと人間たちの夢』『悪い姉』『クラゲ・アイランドの夜明け』『きみがいた世界は完璧でした、が』など多数。

【好評発売中】

アヤとあや

『アヤとあや』
著/渡辺 優

◇長編小説◇白石一文「道」連載第5回
若松英輔「光であることば」第7回