【著者インタビュー】五十嵐律人『原因において自由な物語』/作家兼弁護士がおくる、展開の一切読めない衝撃の物語!
「彼女を殺すために、僕は廃病院の敷地に足を踏み入れた」――不穏なプロローグではじまるこの小説は、作中作『原因において自由な物語』(原自物語)を完成させる物語であると同時に、「小説の力」や存在意義を問う、斬新な発想にあふれたミステリーとなっています。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
デビュー作でランキング席捲! いま最も注目されている弁護士作家の斬新ミステリー
『原因において自由な物語』
講談社
1815円
装丁/小口翔平(tobufune) 装画/junaida
五十嵐律人
●いがらし・りつと 1990年岩手県盛岡市生まれ。東北大学法学部卒。司法試験合格後も裁判所で働きながら執筆を続け、2020年『法廷遊戯』で第62回メフィスト賞を受賞。現在はベリーベスト法律事務所に勤務(第一東京弁護士会所属)。「弁護士業務と作家活動のバランスを模索しながら、二足の草鞋を履きこなせるようになりたいです」。ここ1年で『法廷遊戯』、『不可逆少年』、本書と驚異のハイペース。「1つ終わらないと次が出ない体質なので、今後は全くの未定です」。173㌢、58㌔、A型。
結論だけ伝えたいなら物語はいらない。「過程」を辿って見えてくるものがある
東北大学法学部を卒業後、法科大学院を経て司法試験に合格。が、司法修習には進まずに執筆を続け、昨年第62回メフィスト賞受賞作『法廷遊戯』でデビュー。その後司法修習も無事終え、作家兼弁護士となった。
「僕が法学部に進んだのも、担任などに勧められるまま〝なんとなく〟決めたことで、元々弁護士志望だったわけではなく、森博嗣さんや伊坂幸太郎さんみたいな作家になりたかったので」
そんなエンタメ界注目の新星・五十嵐律人氏(31)の早くも第3作『原因において自由な物語』は、表題の元になった法理論からして興味深い。例えば人気推理作家として活躍する
その一見端正な理論が、複雑で理不尽な現実を映し、希望と絶望を両方宿すことを、読者はこの展開の一切読めない物語の衝撃と共に初めて知ることになろう。
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まずは本作の構成から。
〈彼女を殺すために、僕は廃病院の敷地に足を踏み入れた〉という不穏な一文で始まるプロローグと、AIが割り出した〈顔面偏差値〉に基づくマッチングアプリ〈
そして大学在学中に本格推理作家としてデビューし、最近もヒット作を連発する二階堂紡季が新作『原因において自由な物語』に挑む第二章「
前者に登場する北高写真部2年の〈
「今作だと、『物語が途中でなくなる』というコピーがまず浮かんで、その続きを主人公の作家がどう埋めていくかを書こうと決めた。でも、そういう小説自体は、他にもあるんですよ。その虚と実をもし反転させたらどうかとか、より新鮮な形を探るうち、プロットが
ただその時点では冒頭の
そう。彼がその廃病院でフリーランニングを強行し、動画に撮った上で屋上から転落したこと。その人物が容姿を理由に陰湿ないじめを受け、写真部に居場所を求めた琢也であることを、読者は早々に知る。そして同じく写真部の憂や、顔面偏差値的にほぼ完璧な沙耶ですら標的にされかねない校内の空気や、終息したかに見せて次なる宿主を探す伝染のからくりについても、想護の同僚〈
椎崎によれば〈いじめは行動ではなく評価〉であり、いじめと認定される行動は幅広いだけにセクハラ同様、受け手の評価が重要とか。また、〈いじめられる方にも問題がある〉との論調には正当防衛を例に用い、〈主張自体失当〉と一蹴した。
「法律用語は、言葉の定義自体も、一般常識とは少し違って独特です。例えば、法律上は知らずにやった場合は善意、知っててやったら悪意と判断されます。
僕が大学で法律の面白さに気付いたのも、高校までに基本的人権などの言葉は学んでも、法理論の数学的な美しさを学べなかったから。法律の面白さを伝えたくて、1作目は書いた部分もある。僕は昔から感情論が苦手で、例えば誰かと口論した時に、泣かした方が悪者にされるのが不思議で。それでも多少成長したのか、最近は感情や常識と法律をどう繋ぐかに関心があって、本作の
ミステリーと法律論は似ている
本作は、探偵役の紡季が椎崎らの協力を得て真相に迫り、作中作『原因において自由な物語』(
紡季がその事実を小説の形で書くことになったのも、物語が〈過程〉を描く媒体だから。〈結論だけを伝えたいなら、あんなに膨大な文字を打ち込む必要はない〉。結論に至る過程を
「ミステリー自体そうです。伏線や謎解きもなく真犯人が登場しても、読者は納得しないと思います。その結末に至るのにいかに魅力的な謎や伏線を
実は僕自身、司法試験を通じて小説の書き方を体得した部分があって、通常は
〈故意に恋する〉故意恋といったギミックを「語呂と直観」で盛り込み、「それを逆にどう生かすかを考えるタイプ」という五十嵐氏は、顔面偏差値アプリ「ルックスコア」に違和感を抱く人々にも、〈異なる価値観を許せない人は一定数いる〉と、あくまでフラットだ。
「僕自身はそういったサイトやアプリを選択肢の一つにするのはアリだと思うし、自由恋愛と言いつつ不自由な恋愛をしている人もいるかもしれない。傘の形が昔と変わらないように、いくら技術が進んでも変わらないのが出会いなのかなあと。
ただ技術的には遠くない未来に実現できるアプリのような気がしていて、そうなれば社会は相当変わると思う。今は主観だから逃げ道も多少ある。それでも苦しんでる人は大勢いて、この世界の延長線上で何が起きるかを僕自身が書きながら考え、その過程が何かしら読んだ人のきっかけや問題提起になればいいなと」
とにかく読んで「過程」を体験するしかないほど、斬新な発想と物語への愛に本書は溢れ、自由には責任もまた伴うこの酷薄で理不尽な世界をどう生きるかは、私たち読者に託された。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2021年7.30/8.6号より)
初出:P+D MAGAZINE(2021/07/29)