藤原麻里菜『不器用のかたち』試し読み 第2弾「今の自分と石粉粘土」

藤原麻里菜_不器用のかたち_試し読み_石粉粘土
 唯一無二のアイデアとユーモアで「無駄づくり」を続ける発明家・藤原麻里菜氏は、意外や意外、自他共に認める不器用人間。そんな藤原氏がただ純粋に物作りを楽しむエッセイ『不器用のかたち』刊行に向けて、厳選した全3話を特別公開!
 下手でも途中で諦めても、「不器用のかたち」が心を救ってくれるはず。

「今の自分と石粉粘土」

 常に動悸があり、頭が痛かった。しかし、健康診断では何も問題が見つからず、藁にもすがる思いで心療内科に行ったところ不安障害という診断を下された。そこから投薬治療でどうにか動悸と頭痛は治ったのだが、薬の影響で10キロ近く太ってしまった。調べたところ、飲んでいる薬には、代謝を下げ、さらに食欲が増す副作用があるということだった。学会に乗り込み、「そんな薬作るな!」と大声で叫んでやろうか。持て余したこの10キロの脂肪を毎日見ては、どんよりとした気持ちになった。

 ボディ・ポジティブという言葉が出てきて、どのくらいだろう。自分のありのままの姿を愛して、太っていても瘦せていても、それを受け入れようというメッセージを発信する人が増えた。しかし、そんな前向きな言葉が眩しく感じるくらい、この10キロの脂肪は私を苦しめていた。当然だ。だって、ずっと今よりもマイナス10キロの自分でいたのに、半年くらいで10キロの脂肪がついたのだ。そりゃ、その変化についていけない。今の自分の姿をツイッターに載せたところ、「太った」「デブ」という辛辣すぎるコメントが20件ほどきた。私はそれに落ち込み、落ち込みまくり、最終的に怒りになった。生きていたら太ることもあるだろう。生きているからこそ、太るし痩せるんだ。毛も生えるし、たまに剃るんだ。毛穴は開くし、ニキビもできる。生きていることを否定するな。

 とはいえ、適正体重からだいぶ遠のいた自分は健康とは言えない。今まで着ていた服もまったく入らなくなったので、体重増加が落ち着いた今、ダイエットをすることにした。今のお腹は胸のふくらみをだいぶ越えるくらいぽっこりとしていて、まるでドラえもんのような寸胴体型になっていた。それはそれで愛らしいが、私はマイナス7キロくらいを目指してダイエットをし、適正体重に近づくようにしたいと思っている。

 ダイエットをしたら今ある脂肪がなくなる。なくなった脂肪はきっともう2度と戻ってこない。二度と戻らない今の体型を形に残したいのだが、写真はあまりにも悪手だ。鮮明に嫌な自分が残ってしまう。もう少しデフォルメしたかわいい自分を残したい。そこで考えたのが、粘土で自分を作るということだった。

 石粉粘土という粘土がある。石の粒を砕き、接着剤などの薬品を混ぜて粘土状にしたもので、扱い方は普通の紙粘土と同じである。手につきにくく、1日か2日で硬化する。そして、硬化後はある程度の強度があり、削ることができる。削りすぎたらまた粘土を盛って造形することができて、フィギュアなどを作るのにとても最適なのだ。なぜ私が石粉粘土に詳しいのかというと、高校生の時、石粉粘土で好きな人のフィギュアを作った経験があるからだ。彼の授業中にいつも頭を悩ませている姿を粘土で永遠に残したいと思い、作ったのだ。気持ち悪いでしょ。でも、作ったときは、なんだかすごくさわやかな気持ちになったのを覚えている。きっと、今回も作ったら同じ気持ちになるに違いない。また、私は粘土を触ることが大好きで、彫刻も好きである。物作りのなかでは、得意の部類に入るとさえ思っている。そうと決まれば、東急ハンズ(現ハンズ)に行って、石粉粘土とやすり、それとスパチュラという刃先がいろいろな形になっている彫刻用の道具を購入した。

 自宅に帰り、カッターマットの上に粘土を適量とって形をこねていく。まずは、胴体を作っていこうと思う。粘土を長方形に固めていき、そこの中央部分にさらに粘土を盛り、丸めていく。私のお腹の膨らみを再現するのだ。この作業は丁寧にやる。なぜなら私の今のアイデンティティは、このお腹の膨らみにあるからだ。丁寧に丁寧にお腹の膨らみを形にしていく。

 満足する形ができたので、次は腕を作る。細長い粘土を2つ作り、肩のあたりに粘土をくっつける。ここはてきとうで大丈夫。継ぎ目ができていても、固まってからやすりがけをしたら綺麗になるからだ。てきとうにてきとうにやっていく。

 足の部分を一つずつ作っていくのはめんどうなので、真ん中にスパチュラで切れ目を入れて、足ということにする。自立できるようにしたいので、足の甲をしっかりとつくる。

 最後は顔だ。ここもてきとうにやる。別に顔はたいしたことないので、胸くらいまでのロングヘアとぼーっとした顔を再現できればそれでいいや。作った胴体と顔はつまようじでくっつけることにした。

 数日後、粘土がある程度固まっていることを確認してから、やすりがけをする。やすりがけは面倒だけれど、だんだんとツルツルになっていく様を見ていると心が安らぐ。てきとうに粘土を盛って作ったのであまりにもざらざらだ。なので、まずは荒いやすりで全体を削り、ある程度凹凸がなくなったら細かいやすりで全体をピカピカに磨いていく。私にしては丁寧な作業をしている。

 なんでこんなに丁寧にやっているのかというと、不安障害によって抑うつ状態になり、ずうっと仕事をせずに家でごろごろしているので、暇を持て余しているからだ。抑うつ状態というのは、なんともたいへんなもので、本も読めないし、歩くことも体力的にむずかしい。めまいがして、なにもできない。テレビを見ることもYouTubeを見ることもつらい。自分に存在意義がないのではないかという気持ちになり、自己否定ばかりしてしまう。仕事もできず、趣味も謳歌できない今の自分は、なぜ生きているのかわからなくなる。しかし、やすりがけをして、何かを作っているときだけは、なんだか生きていることも悪くないもんだなという気持ちになってくるから不思議だ。私が作っているものは無駄なものだけれど、それでも何かを産み出すということは、精神的にいい。私には子供はいないが、なにかを産むということの喜びがDNAに刻み込まれているとしか思えない。作ったものを自分の子供だという芸術家は多い。私は作ったものを片っ端から倉庫に突っ込んだり、作ったことに満足してすぐに解体するので、ものすごく悪い親である。

 あとで知ったのだが、BASIC phというストレス対処(コーピング)の一種があるらしい。Bは信念に関するチャンネル。ストレスを感じたとき、神に祈るなどをする。Aは感情。泣いたり笑ったりする。Sは社会。社会と繋がりをもつ。Iは創造。なにかを想像したり、ものを作ったりする。Cは認知。情報を集めて論理的に考える。phは身体。運動をするなど身体的にアプローチするチャンネルだ。これを提唱しているイスラエルの心理学者ムーリ・ラハドさんは特にI(想像/創造)のチャンネルをやるべきだと言っている。人間の想像力というのは、どんな状況でもなかなかなくならないからだ。だからこそ、ストレスを感じたときは何かを産み出すことが大切になってくる。生み出すことがつらいときは、ユーモアを考えることもストレスにはいいそうで、少し嫌なできごとがあったとき、それを笑いに変える人も多いと思うが、それもコーピングの一種だそうだ。

 物を作ることは、世界を作ることだ。自分の半径2メートルくらいが生きやすくなる。

 やすりがけをして、綺麗になった私に色を塗る。赤いシャツに青いズボン。黒い髪にだいだい色の肌。無表情の口。ぽっこりお腹。これが今の私である。これから先、どうなるかはわからないけれど、今の私は今しかいなくて、その今を愛せるように努めたいものだ。生きていれば太るでしょう。これまでも、これからも。

藤原麻里菜_不器用のかたち_試し読み_石粉粘土
藤原麻里菜_不器用のかたち_試し読み_石粉粘土

\ 2024年11月27日発売!/

藤原麻里菜_不器用のかたち_書影

 


藤原麻里菜(ふじわら・まりな)
1993年生まれ。コンテンツクリエイター、文筆家。頭の中に浮かんだ不必要な物を何とか作り上げる「無駄づくり」を中心に活動中。2016年、Google社主催の「YouTubeNextUp」に入賞。19年、「総務省 異能vation 破壊的な挑戦者部門」採択。21年、「オンライン飲み会緊急脱出マシーン」で文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門審査委員会推薦作品選出、 Forbes Japanが選ぶ「世界を変える30歳未満」に選出。22年、青年版国民栄誉賞TOYP会頭特別賞受賞。Xアカウント@muda_zukuri
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.168 明林堂書店浮之城店 大塚亮一さん
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