一色さゆり『カンヴァスの恋人たち』
あなたのままで大丈夫
はじめまして。筆者の一色さゆりと申します。
ついに刊行される! 嬉しすぎる! そう声を上げたくなるくらい、『カンヴァスの恋人たち』は手間と時間のかかった作品でした。はじめに依頼をいただいてから、完成までに丸三年かかりました。なぜそんなに時間が必要だったんだろう? 今となっては記憶もあいまいですが、どうしても納得いくものにならず、苦しい時期もありました。見捨てずにいてくれた編集者には、心から感謝です。ようやく胸を張ってみなさんに送りだせて、ドキドキしています。
この三年間、私自身いろいろあったけれど、社会も本当に大きく変わりました。コロナ禍は言わずもがな。男女問わず、多様な生き方が認められようとしていて、とくに仕事や恋愛で直面する問題も複雑になりました。そんな現代だからこそ、一人の働く女性がどんな人生の選択をするのかという問いが、この物語のテーマになりました。とはいえ、書きながら、世の中がどんどん進んで、私の悩みもつのり、主人公の選択は二転三転しました。
そんな悩ましい主人公を導いてくれたのが、作中に登場する八十歳の女性芸術家ヨシダカヲルでした。ヨシダというキャラクターには、私が三十代前半のときに、こんな人生の先輩と出会いたかった、こんな言葉をかけてほしかった、という要素を詰めこんでいます。だからもし、今なにかに迷っている方がいたら、年齢性別問わず、ぜひ小説のなかでヨシダと出会ってほしいと思っています。ヨシダの作品を頭のなかに描いていただけたら、本当に嬉しいです。
アートは常識にとらわれない価値観や生き方を求めるからこそ、時代を先取りしていることが多々あります。ヨシダという芸術家は、まさにそんな生き方をしてきた女性であり、主人公は学芸員として彼女を支えることになります。美術館のお仕事小説でありながら、二人の女性の心の交流はとくに気合を入れて描写しました。彼女たちが最後にどんな選択をするのか、ぜひ読んでいただきたいです。
ヨシダの作品は主人公に、こう語りかけます。
「あなたのままで大丈夫」
この小説も読者のみなさんにとって、そんなメッセージを発するものでありますように。
一色さゆり(いっしき・さゆり)
1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、香港中文大学大学院修了。2015年に第14回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞し、翌年受賞作『神の値段』でデビュー。主な著書に『ピカソになれない私たち』、『コンサバター 大英博物館の天才修復士』からつづく「コンサバター」シリーズ、『飛石を渡れば』、『光をえがく人』など。
【好評発売中】
『カンヴァスの恋人たち』
著/一色さゆり