翔田 寛『二人の誘拐者』

翔田 寛『二人の誘拐者』

フィクションとノンフィクションの狭間で


 私はかつて出張が頻繁な職業に就いていた。仕事先の関係上、新横浜から関西方面への新幹線での移動が多く、往復の車中、ミステリー小説を読むのが楽しみだった。日本や欧米の作品など、手当たり次第に読み耽ったものである。ミステリー小説はかくあるべし、というこだわりを意識したのは、30歳を過ぎてからだろう。ミステリー(フィクション)といえども、確固たる現実(ノンフィクション)に立脚した物語であるべき、というルールである。いかに魅力的なストーリーといえども、前代未聞のドラマ展開であったとしても、荒唐無稽な状況やご都合主義の設定を土台としていると感じた途端に、楽しかったはずの物語世界は雲散霧消し、味気ない現実にたちまち引き戻されてしまうからだ。

 平成27年に私が上梓した、静岡県警の日下悟警部補を主人公とする『真犯人』は、昭和49年に発生した児童誘拐事件をめぐる物語で、平成30年刊の『人さらい』も、同じ主人公が別の誘拐事件の解明に奔走するものだった。そして、今回の『二人の誘拐者』は、10年前に誘拐された被害者の遺体が発見され、日下が三度誘拐事件の捜査に取り組む物語である。3作品ともに現実の土地、駅、道路や地形、交通状況、実際の世相を踏まえて、物語の筋道を編み上げたものにほかならない。

 例えば『二人の誘拐者』の中で、私はある人物に「誘拐という犯罪において、何が難しいと言って、どうやって警察の目を欺いて身代金を奪取するか、の一点に尽きるからな」と述懐させた。身代金奪取の方法にリアリティーがあるかが、誘拐小説の醍醐味の一つといって過言ではないと考えたからだ。そのために、静岡駅、安倍川駅、用宗駅などの東海道本線の駅を入念に現地取材したのである。

 とはいえ、リアリティーだけが、小説の面白さを生み出す要素ではない。読者を物語世界に引き込む、先例のない虚構が巧妙に構築されている必要がある。『二人の誘拐者』の被害者児童の白骨遺体は、静岡県北の廃村の廃屋で発見される。どのような経緯で遺体は発見されたのか。発見者はなぜ、そんな場所を訪れたのか。これらに加えて、静岡県警の厳重な監視のもと、身代金がいかにして奪われたのか。そして、犯人は誰なのか。このフィクションとノンフィクションの狭間で、読者諸兄に時を忘れていただけたなら、執筆者としてこれに過ぎる歓びはない。

 


翔田 寛(しょうだ・かん)
1958年東京都生まれ。2000年「影踏み鬼」で第22回小説推理新人賞を受賞し、デビュー。01年「奈落闇恋乃道行」で第54回日本推理作家協会賞(短編部門)候補となる。08年『誘拐児』で第54回江戸川乱歩賞受賞。14年「墓石の呼ぶ声」で第67回日本推理作家協会賞(短編部門)候補に。17年『真犯人』で第19回大藪春彦賞候補になり、同作は18年にWOWOWで連続ドラマ化。他の著書に『冤罪犯』『黙秘犯』『人さらい』など多数。

【好評発売中】

二人の誘拐者

『二人の誘拐者』
著/翔田 寛

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第138回
採れたて本!【歴史・時代小説#21】