村崎なぎこ『百年厨房』
約百年前の「冷やし珈琲」が人生の鍵だった
2006年。
漫画原作者志望の私は、大正時代に実在した珍しい「職業婦人」がヒロインのシナリオを書き、青年漫画誌Aに持ち込みをしました。連載会議まで上がったものの、結果はボツ。しかし、担当編集者のご厚意で青年漫画誌Bを紹介していただき、持ち込みを経てコンペに出品。結果は努力賞(一位無しの三位)でした。
A誌の担当者「話は面白いと思うんだけど、周りの意見がね……」
B誌の担当者「もっと上の賞も狙えると思ったんだけど……」
その後に続く言葉は、同じでした。
「なぜ今、大正時代を書くのか。そこが弱かった」
今にして思えば、「もう少し練って来い」という意味なのでしょう。しかし当時の私は「大正時代の話を書いても、ダメなんだ」と諦めてしまったのです。
その後もシナリオの勉強は続け、テレビ局のシナリオコンクールで最終選考に残ったものの、そこで道は行き止まり。人生の扉は開きませんでした。
元々の小説家志望に戻り、文章練習のために始めていた食べ歩きブログを毎日更新することで「書く」欲求を満たしつつも、公募は一次突破も滅多にないままブログを続けて14年目の2018年9月。
国立国会図書館デジタルコレクションで見つけた明治40年刊『弦斎夫人の料理談』(著者・村井多嘉子/実業之日本社)にあった「冷やし珈琲の作り方」が面白く、再現した結果をブログに掲載しました。
すると、その記事を紹介してくださったツイートがいわゆる「バズり」、いろいろな方がアレンジしたり意見交換をして、楽しんでいる様子。
もしや。
私は思ったのです。
この「冷やし珈琲」を題材にしたら、大正時代の話でも行けるのでは、と。
そして、書いた作品が受賞……とは、なりません。どのように昔のレシピを登場させるかで四苦八苦。
仕事に悩むOLが自宅の蔵を掃除していたら、冷やし珈琲の作り方のメモが出てきて、大正レシピのカフェを開く話にしよう → 某長編賞一次落ち。
いっそのこと大正時代を舞台に、このレシピの冷やし珈琲が得意な銀座のカフェーの女給をヒロインにしよう → 某短編賞一次落ち。
こうなったら……。自分も思いっきり楽しもう。大好きなタイムスリップだ!ついでに、あの漫画原作のヒロインにした珍しい「職業婦人」を組み合わせよう!
結果、その作品が第三回「日本おいしい小説大賞」を受賞。私と主人公の人生の扉を開く鍵となりました。
16年に及ぶ旅路の果てに刊行を迎えたこの作品。楽しんでいただけますと幸いです。
村崎なぎこ(むらさき・なぎこ)
1971年栃木県生まれ。食べ歩きブロガーをしながら、トマト農家の夫を手伝う。ブログ「47都道府県1000円グルメの旅」は「ライブドアブログ OF THE YEAR 2021 丑年賞」を受賞。本作『百年厨房』で第3回日本おいしい小説大賞を受賞し、デビュー。
【好評発売中】
『百年厨房』
著/村崎なぎこ