根本宗子『今、出来る、精一杯。』刊行カウントダウンエッセイその5「各々の幸せ」
各々の幸せ
最近、美容整形のアカウントにあがっていたとあるおじいちゃんの整形画像を見てすごく元気が出た。
よくあるBefore・Afterの並んでいる画像なのだが、Afterがとにかく嬉しそうなのである。その溌剌とした笑顔にわたしは想像力を掻き立てられ、その想像の先にはすごく幸せな気持ちがあった。
明日いよいよ小説が発売になるカウントダウンエッセイの最終回が見知らぬおじいちゃんの整形の話かよとお思いでしょうが、そうなんです。
物語に置き換えて想像してみて欲しい。いろいろあって最終的に整形をするおじいちゃんの話を。あなたならどんなラストシーンを描くだろう。
わたしの頭の中ではどう転んでもおじいちゃんは満面の笑みを浮かべている。
突然整形して顔が激変したおじいちゃん。家族は皆、「前の方がおじいちゃんらしくてよかった!!」「なんで勝手にやんだよ!」と激怒。(わたしはしつこいので激怒のシーンをきっと40分くらい繰り広げる。)しかしおじいちゃんだけは孫の使っている可愛い手鏡をずっと離さず持って自分の顔を見て満面の笑みを浮かべている。
そしてそのあまりにも嬉しそうで溌剌としたおじいちゃんの笑顔に、怒っていた家族も笑ってしまい、「なんかもうおじいちゃんがそんなに嬉しいならもういいわそれで」となる。という展開を描きたい。おじいちゃんの個人的な幸せが家族を納得させる模様を描きたいのだ。
人は他人の幸せに少々口を挟みすぎる気がする。
「整形しない方がよかった」「そんなやつとは別れろ」といった類のものもそうだし、SNS上にいる謎の上から目線のやつらもそうだ。そんな時必要になってくるのが「人にどう思われようが」という力だ。
この言葉は、悪い面もある。でも今日書いているのはいい面の話だ。
人間誰しもが多少の「人にどう思われようが」を持っていた方が生きやすくなる気がする。絶対に譲れない時が訪れた時もこの力を持っている方が諦めずに前へ進めると思う。
自分は物語を書く時、わたしはそこへ向かって書いている。そういったものを書くと「これはハッピーエンドなんですか?バッドエンドなんですか?」という質問をインタビューで受けるのだが、正直一番嫌いな質問だ。いつもゴールはその2つしか用意されていないのがなんか嫌だし、どの役の目線の話かにもよるからだ。何より受け取り手に委ねたいし、どっちだからって何?と思ってしまう。
物語はそこで終わるが、役人物の人生はまだまだ続く。作家がここをラストに持ってこようと切り取った瞬間がたまたまラストに来ているだけ、という感覚がわたしにはある。自分が描く場合その瞬間だけを切り取れば主人公は幅広い意味で幸せな状況に置かれている。なので2択でどうしても言わないといけないならわたしはハッピーエンドしか描いていない。他人から見たらそうであれ、主人公にとっては今この瞬間が幸せである、というある意味人の感情のメーターが振り切れた瞬間を描き続けたいのだ。だし、そうなっている作品がわたしは好きだ。
画像の中のおじいちゃんは完全にそのメーターが振り切れていて、強い幸せのエネルギーがそこにあった。
「これをしたらこう思われるかな」系の思考が邪魔をすることが多い日々の中で、「人にどう思われようが」を忘れた際は、必ずあのおじいちゃんを思い出そうと思う。
5日間わたしのたわごとに付き合ってくださり皆様ありがとう。
本、よかったら買ってください。ではでは、またどこかで。
根本宗子(ねもと・しゅうこ)
1989年生、東京都出身。19歳で月刊「根本宗子」を旗揚げ。以降すべての作品の作・演出を務める。近年の演劇の作品として 2018年『愛犬ポリーの死、そして家族の話』、2019年『クラッシャー女中』、2020年『もっとも大いなる愛へ』などがある。本書が初の小説となる。
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