あさのますみ『逝ってしまった君へ』

あさのますみ『逝ってしまった君へ』

はじめて知る感情


 2019年1月。一本の訃報が届きました。二十年来の友人ではじめての恋人でもあった「君」が、自ら逝ってしまったという知らせでした。

 最初は、驚くことすらできませんでした。あまりにも予想外すぎたのです。事態が飲み込めず茫然とする私に、「遺書の中にメッセージがあった」という事実が告げられました。「君」は手書きの遺書に、6人の友達に宛ててメッセージを遺していました。そこに、私に宛てたものもあったのです。

 大切な存在を自死で失ったとき、人はどうなるのか。どんなことを考え、どうやって喪失と向き合っていくのか――『逝ってしまった君へ』には、そのとき起こった様々なことを、できる限りありのまま書きました。こんなにも強い気持ちで「書こう」と思ったのは、私にとってはじめてのことでした。誰かがこの世を去ると、遺された人間は知らず知らずのうちにその死に解釈を加え、いつのまにか亡くなった人の記憶を都合よく上書きしていく――そういう心の動きに気づいたからこそ、写真を撮るみたいにして、まるごと書き残しておきたいと思ったのです。

「君」を失ってはじめて知った感情も、多くありました。

 例えば、「遺品整理ハイ」。遺品整理をしながら気分がハイな状態になるなんて、実際に体験するまで、想像すらしたことがありませんでした。奇妙に思われるかもしれませんが、あのころ、遺品を片づけているあいだだけ、私は心から笑うことができたのです。

「君」が一人で冷たくなっていた部屋で、まだ「君」のにおいがする遺品を次々とゴミ袋に詰めるそのとき、暴力的と言えるくらいの悲しみに全身をゆさぶられながら、それでも心がふと癒される瞬間があるのです。目をあけていられないほど涙がこぼれても、感情に蓋をして、何事もなかったかのように生きる日常よりは、まだしも心が楽なのです。当時、気持ちの整理がつかず「君」のことをほとんど人に話せなかった私は、なにかを説明する必要がないご遺族や、「君」と共通の友人と遺品整理しているひとときだけ、無理せず素直な感情でいられました。冗談を言い合って笑ったり、みんなでピザを分け合ったり、子供のようにゴシゴシと涙をぬぐったりしながら、こういう救われ方もあるのだと、ハッと思い知る自分がいたのです。

「この本を通して伝えたいことはなんですか」。いくつかのインタビューで、そう質問されました。『逝ってしまった君へ』を通して私は、ただ頷くことができたら、と思っています。人には言えない誰かの痛みや苦しみに、なにも言わず静かに頷きたい。思いは言葉に置き換えたその瞬間に、言葉でしかなくなってしまいます。だから、そっと小さく頷きたい。背中に優しく手を添えたい。
 そういう一冊になっていることを、切に願っています。

 


あさのますみ
1977年秋田県生まれ。國學院大學文学部日本文学科を卒業後、声優に。声優活動の傍ら、文筆業でも精力的に活動し、2005年に初エッセイ集『ひだまりゼリー』を発表。その後も、2007年に絵本『ちいさなボタン、プッチ』が小学館主催「第13回おひさま大賞・童話部門」にて最優秀賞を受賞するなど、エッセイ・絵本・漫画原作など、文筆家として幅広く活躍中。近著に「第7回MOE創作絵本グランプリ」で大賞を受賞した絵本『まめざらちゃん』(絵・よしむらめぐ)やエッセイ集『猫だらけ ときどき小鳥』など。

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逝ってしまった君へ

『逝ってしまった君へ』
著/あさのますみ

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