辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第4回「早期教育の強迫観念」
2021年6月×日
先日、乳幼児がいる友人の自宅に複数人でお邪魔して、子ども同士を遊ばせる機会があった。
うちの1歳の娘はひとり遊びが大得意だ。普段一緒にいても、私が仕事をしていて、全力で構ってあげられない時間が多いからかもしれない(ごめんね……)。その日も他人の家の目新しいおもちゃに喜び、子ども用の鉄琴を叩いたり、音が鳴るリモコンのボタンを押したりと、キャッキャと楽しそうに遊んでいた。
そんな中、0歳の男の子、Aくんが泣き出した。お母さんはお手洗いに行っている。すぐそばの布団では同じく0歳の女の子、Bちゃんがお昼寝をしている。──このままではまずい! すやすや気持ちよさそうに眠っているBちゃんが起きてしまう!
というわけで、私がAくんを抱き上げて、あやそうとした。
ところがどうだろう。その瞬間、火がついたように泣き叫び出したのだ。……Aくんではなく、ひとり遊びをしていた、うちの娘が。
その結果、娘のけたたましい泣き声により、Bちゃんはお昼寝から目覚めてしまった。ごめん、ごめんね、と私は友人たちに平謝りする羽目に。
え、どうして?
ご機嫌だったはずなのに、どうしてあなたが泣くの……?
その原因が判明したのは、1時間ほど経ってからだった。今度は、Bちゃんがぐずって泣き出した。Bちゃんのお母さんはやっとゆっくり椅子に座って、ケーキを食べようとしていたところ。──ううん大丈夫! せっかくの大人のおやつタイムなんだから、ここは私に任せて!
と、私がBちゃんを抱っこして立ち上がる。すると、つい3秒前までニコニコしていた娘が突然、うわぁぁぁぁん! とギャン泣きし始めた。てんやわんや。結局Bちゃんのお母さんがケーキを諦めて飛んできて、Bちゃんをあやすことになってしまった。状況を悪化させてごめん、なんか本当ごめん、と再び謝り倒す私。
そこで、ようやく分かった。
嫉妬だ。
娘にも、人間らしく生々しい感情が新たに芽生えたのだ。
私だけのお母さんを、何が何でも他の赤ちゃんに取られたくない、という……。
すごい話だ。自分のお腹で胎児を育て、子の母になる。たったそれだけのことで、「誰かにとって最も必要な人間」になることができる。無条件に。
それは、純粋に嬉しい。
……と同時に、とてつもない責任も覚える。
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。