◇自著を語る◇ 森岡督行 『荒野の古本屋』
これまでの私、これからの書店
この度、はじめて文庫で本を出版させていただきました。単行本は、これまでも、何度か出版した経験がありましたが、文庫となると、また違う嬉しさがありました。
私は、一九九八年に神保町の古本屋に就職したので、その後の茅場町、今の銀座と、かれこれ二十三年のあいだ、本を販売する仕事をしています。また本書にも書いた通り、それ以前も、神保町の古本屋街で文庫を探してうろついていました。そのため、書棚の並びはずっと馴染みがあります。つまり、私の名前は、森岡督行、と書いて、もりおかよしゆき、と読むのですが(督という漢字があてられた詳細は本書をご参照ください)、私の前後には、どのような本が並ぶのか、この観点が頭にありました。
そうすると、「もりお」、というワードが出てきます。次は、「か」、です。その間に入ってくるのは、ア行ということになり、何と場合によっては、近代文学の巨匠、森鷗外の本が私の本の隣にくることがありえます。このビジョンが芽生えたとき、「ついに、俺もここまできたか」という感慨にひたることができました。
『荒野の古本屋』というタイトルは、独立直後、あまりに本が売れなく、自分の気持ちも荒み、それにあわせて、周囲の光景が、都心でありながらも荒野のように見えてきたことによります。文庫版をつくりはじめるとき、タイトルを変更しようという案がありました。しかし、ちょうどその時期にコロナ禍に突入し、現状が、過去に経験したことや常識が通じない時代に差しかかってきたという背景があり、文庫版も、そのまま『荒野の古本屋』にしました。
表紙のイラストは、山口洋佑さんが描いてくださいました。実は、山口さんとは、七年も前から一緒に絵本をつくろうと計画を練っていました。しかし本書のイラストを山口さんが描くことになったのは、まったくの偶然なのです。編集者側から、先に提案があり、驚きました。そして、これも偶然ですが、七年前にはじまった絵本づくりが、今年二月に完結し、出版されることにもなっています。
文庫版の解説は、酒井順子さんが書いてくださいました。私は、「現代」の情報を遮断して、一九四一年の情報に切り替え、太平洋戦争開戦を追体験したことがあり、それを本書にも書いたのですが、このことを「過去留学」という造語でとらえてくださりました。解説を読んでもらうだけでも、六百十六円(税込み)の価値はあると思います。
この本は、二〇二一年一月四日に店頭に並びました。そのため、二〇二〇年の年末は、各書店にお送りする色紙を書いて過ごしました。二人の娘が、色塗りを手伝ってくれました。普段から文庫をよく買っている紀伊國屋書店新宿本店や丸善丸の内本店。神保町の古本屋で働いているときに、ちょくちょく足を運んでいた、東京堂書店や三省堂神保町本店。色紙を書いていると各書店の各売場が脳裏に浮かんできました。
果たして、二〇二一年一月四日当日、マスクをした私は、紀伊國屋書店新宿本店に向かいました。丸の内線の駅の方から階段をあがって、二階の文庫コーナーに行くと……。ありました。ありました。『荒野の古本屋』がドサッとありました。
ちょうどこの日、二度目の緊急事態宣言が発令されることが明らかになりました。レジには、社会的距離をとりつつ、お客さんが並んでいました。私も、『荒野の古本屋』を一冊持ってその列に並びました。そしてこう思いました。本は、ステイホームで需要が増すかもしれないが、リアルな本屋はどうだろう。コロナ禍が続く時代にあって、リアルな本屋ができることを探っていきたいと。
森岡督行(もりおか・よしゆき)
1974年山形県生まれ。「一冊の本を売る書店」がテーマの株式会社森岡書店代表。著書に『写真集 誰かに贈りたくなる108冊』(平凡社)、『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972 日本の対外宣伝グラフ誌』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。2020年より、資生堂『花椿』ウェブ版にて「現代銀座考」を連載中。
〈「本の窓」2021年2月号掲載〉