森岡督行『銀座で一番小さな書店』

森岡督行『銀座で一番小さな書店』

この道26年


 この本は、2022年4月から2023年10月にかけて、小学館のWEBマガジン「本の窓」で連載した原稿をまとめたものです。今となってはなつかしい感じがしますが、この時期は、コロナ禍の後半にあたり、私自身もコロナに罹ったことがありました。聞いていた通りの症状で、ひどい喉の痛みと味覚障害。その後にやってきたのが倦怠感と疲労感。しかし、それでも原稿の締切りは迫ってくるわけで、さてどうしたものか。とても何か書ける状況ではないので、編集のYさんに、過去に書きためたものでいいか相談したのでした。

 その結果として本書に掲載されたのが「『FRONT』の謎」。この話は、戦前の宣伝誌「FRONT」に関する私の考え方を示したもので、要は、主宰した林達夫は、陸軍参謀本部を後ろ盾にしながら、実は、日本軍の内実を敵国に諜報する意図を持っていたのではないかという見解。2012年に出版した小著『BOOKS ON JAPAN 1931 – 1972』でも、この考え方を述べているのですが、その後、折りを見て、より詳しく書き足していたのです。これがあったおかげで、原稿を落とさずに済みました。

 文庫化を進めている過程で、校正紙を読んだ弊店「相談役」のTさんが、「いろんなことがあった」と振り返るように述べました。いや、ホント、コロナ禍はいろんなことがありました。詳しくはぜひ本文を読んでいただきたいのですが、それに補足すると、コロナ禍を乗りきるため、経理に強いTさんと中央区役所の窓口に行き、いくらまでお金を借りられるのか、原稿の締切りと並行して、ギリギリの資金繰りに奔走していたのです。

 この間、弊店のお客さんだったEさんが地元の沼津で書店をはじめました。ずっと勤めていた会社を辞めてのこと。Eさんは本書の前篇にあたる『荒野の古本屋』を読んでくださっていました。最近のSNSを見ると「新しい仕事が決まっていく」と胸の高まりが伝わってくるような投稿。日々来てくださるお客さま、偶然の出会い、そこから、思いもよらない仕事が舞い込んでくるというのです。やや上から目線ですが、確かに、そういうことってあるよね、となる私。そして、思い出しました。「そういえば、この本の出版も、ある結婚式で同席した、当時の『本の窓』編集長との立ち話がきっかけだった」と。

 


森岡督行(もりおか・よしゆき)
1974年山形県生まれ。「一冊の本を売る書店」がテーマの株式会社森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)、絵本『ライオンごうのたび』(山口洋佑・絵/あかね書房)ほか多数。タウン誌「銀座百点」にて「森岡写真探偵団」を連載中。

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銀座で一番小さな書店

『銀座で一番小さな書店』
著/森岡督行

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