辛酸なめ子「お金入門」 7.半導体株をはじめた途端に急落。涙目の向こう側に見えたものは……

辛酸なめ子「お金入門」7
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 ここ1年ほど、いわゆる「推し活」からは遠ざかっていましたが、その代わりに心の隙間に入ってきたのは「推し株」です。推し活のように心が潤ったり目の保養になったりすることはなく、反対に心がドライになっていく感覚がありますが……。

 24年の5月頃、「半導体が来る」というインスピレーションが降りてきました。投資信託などは買っていましたが、個別株に手を出したことはなかったその頃。証券会社の担当の人に「半導体で良い株があったら教えてください」と伝えました。

 ちょうどアメリカの半導体大手、NVIDIA(エヌビディア)の株価が急上昇していて話題になりはじめていた頃。創業者の台湾系アメリカ人のジェンスン・フアンのカリスマ性にも心が惹かれていて、本当の推し活になりそうでした。でも、NVIDIAの株を買うのは素人には難しそうだし、日本の大手、東京エレクトロンはすでに高くなってしまっていて手が届かない……。そんなとき、薦められたのは信越化学工業の株。株価は6000円前後。電子回路を作る基板となる、シリコンウエハーで世界首位の会社。業績も良く安定した経営の優良企業です。就職の人気も高いそうで優秀な精鋭が集う会社なのでしょう。薦められていろいろ調べてみたら、素晴らしい企業だとわかり300株ほど買わせていただくことに。ちなみに「シリコンウエハー」の原料は珪石で、それを純度が高いケイ素の塊に精錬します。そこからシリコンの結晶を作って、薄くスライスしたものがシリコンウエハーだそうです。お菓子のウエハースもそういえば薄い板状のものでできています。珪石は主に石英のことで、パワーストーン好きとしては効力を調べずにはいられません。「万能なパワーを持つ石」「心を浄化してくれる」。そして石英と水晶は鉱物としては同じもので、純度が高いものが水晶としてアクセサリーや観賞用に使われます。デバイスや電化製品などあらゆるものに使われている半導体が実はパワーストーンでできていたとは……。半導体推しの思いが高まりました。

 ちょうど、株の情報誌「ダイヤモンド・ZAI」(24年7月号)で「半導体株の儲け方&オススメ50」という記事があったのでチェック。そもそも半導体とは? というところから説明されていてありがたいです。半導体は電気を使うものの大半に使用され、通信機器、スマホ、パソコン、サーバー、自動車、家電、ゲーム、産業用機器などあらゆるものに入っています。できることは「考える」「覚える」「動かす」「感知する」「通信する」。人間としても半導体に完敗です。AIが進化し、IT化、機械化していく社会で半導体の需要は伸びていくと予想されます。

 半導体の製造フローについてのページもありました。まるでお菓子作りの手順のような説明ですが、やっていることは最先端の高度なプロセス。まず、電子回路を設計&型を作り、次にシリコンをスライスして丸い板を作ります。電子回路の型を使って、丸い板の上に電子回路を作ります。チップに切り出して、金属の枠に固定&パッケージします。それぞれの工程に、日本の半導体企業が関わっています。電子回路を描いたフォトマスクをチェックするのはレーザーテック。シリコンを切って磨いてウエハーを作るのは信越化学工業。ウエハー表面に膜を作るのは東京エレクトロン。ウエハーを切断するのはディスコ。など、まるで伝統工芸のように技術の粋が集結しています。ただ、半導体そのものでは日本の企業は世界のトップランキングには入れず、素材や製造装置が強いようです。『下町ロケット』みたいに、ニッチで精密な技術が評価されているのでしょう。

 信越化学工業の株を6000円弱で買ってから、いい感じに上昇していたので精神的に余裕がありました。直後に信越化学が「半導体パッケージのインターポーザーを不要にできる基板製造法を開発」したというニュースも見つけました。「デュアルダマシン法」をパッケージ基板の製造に応用したそうです。意味がわからないながらも最初の推し株にして良かったと思いました。「半導体しか勝たん」という思いが芽生えていたあの頃。しばらくして証券会社の人から、別の半導体関係の株を買わないかと勧められ、信越化学工業は全部手放したくないので200株売って、ウエハーに膜を作る技術を持っているK社の株も購入。成膜装置が評判の高い会社で、その時の株価は4800円くらいだったと記憶しています。こちらの株も買ってからしばらくは堅調な相場でした。

 しかし半導体ハイは長くは続きませんでした。7月頃、米国が対中半導体規制を厳格化するというニュースが流れて、日本の半導体関連株が急落。AIやロボットの需要はあるのに、なぜこんなに下がり続けているのかと思いながら、今はあきらめに近い思いです。信越化学工業の株価はマイナス1000円くらいでしたが、K社は4800円が2200円になってしまい半額以下……。含み損は計算したくありません。今はむしろ買い時なのだと思います。トランプ大統領が再選されても半導体株が復活する兆しはなく……。2024年の「半導体が来る」という直感はガセだったようです。(もちろん上がっている半導体株もあります) それまで友人や知人に「これからは半導体です」と吹聴していたのですが、あまり話題に出さないようにしました。

 そんなとき、株主の1人である私のもとに届いた一通の封書。ある証券会社の資産運用イベントに、K社がブースを出すというお知らせでした。株主として、遠くから応援、というか圧をかける感じで参加したいと思い、登録しました。

 会場のホールは、地下ではまた別の証券会社が顧客向けに落語イベントを開催していて、株の文化祭のようです。資産運用イベントは、まず入場しただけで500円のクオカードがもらえたのが嬉しい驚きでした。証券会社が運営しているだけあって、ビッグサイトの資産運用エキスポに比べてかなり手堅い会社が集まっている印象です。JPモルガン・アセット・マネジメント、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント、UBSアセット・マネジメントなど、超エリート外資系金融が揃っていてテンションが上がりました。もし自分が何か会社を作るとしたらアセット・マネジメントとつけたいくらいです。

 客層は、すでに株や投資信託を買っていると思われる中高年層がメイン。各社、タオルとかしっかりした作りのエコバッグとかUSBケーブルとか、ノベルティを次々渡してくれて景気が良いです。クイズに答えたら景品をプレゼントしてくれる企画もいくつかありました。クイズを見ると「フィデリティ(外資系投資信託の会社)と、世界最大の年金基金と言われるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)どちらの運用資金残高が大きい?」「ティー・ロウ・プライスが9年連続で世界第1位となっているものは?」など、難易度が高すぎました。よほど自社の商品に自信があるのでしょう。ゴールドマン・サックスの有能そうな社員に「アメリカがデフォルト(債務不履行)したら米国株は大丈夫ですか?」と聞いたら、「25年もアメリカが強いので投資は米国株一択です!」と力強く言われました。

 そしてやっとK社のブースにたどり着きました。経営計画や展望について、ミニセミナーを随時行なっているようです。説明している男性の声が小さめでしたが、きっと理系のまじめな技術者出身なのでしょう。注目度が高いようで7、8席の椅子は埋まっていました。株価の行方が気になって来ている人もいそうです。

 まず、企業理念と経営方針について説明がありました。「技術と対話で未来をつくる」というスローガンをかかげて「明日の社会を支え続けよう」と、社会貢献に重きを置いています。半導体製造工程の成膜とトリートメント技術に強みを持つ企業だそうです。洗浄したウエハーの表面に、電子回路のベースとなる薄い膜を形成し、トリートメントで膜の質を改善します。さらに電子回路のパターンとなるものを焼き付けて不要なものを削ります。こういった工程を何十回何百回と繰り返し、検査を経て、次の工程に送られ、最終的に半導体デバイスが作られるそうです。半導体の株に興味を持ったおかげで、工程に少し詳しくなれた気がします。何気なく使っているパソコンやスマホへの感謝がわいてきます。これからも陰ながら半導体を推していきたいです。

 社員さんの説明によると、半導体は年を追うごとにより複雑で難しい構造へと進化していて、それを実現できる高度な技術を持つ会社にとってはビッグチャンスが目の前に広がっている、という状況だとか。少し希望が見えてきました。24年は、半導体市場全体が調整局面でしたが、すでに回復基調に入っていて、会社の業績予想も上方修正したとのこと。他社に先駆けて、一度にたくさんのウエハーを成膜できる装置も開発。また、トリートメント技術でも、独自のプラズマを活用して膜を改善しているとのこと。プラズマを使うなんて、技術というより魔術の域に思えてきます。とにかく未来は明るい気がしてきました。今後、売上の回復と事業全体の成長が見込まれるとのこと。なぜ株がこんなに下がってしまったのかわからないほど、世界的にニーズが高い最先端の技術を持っている会社です。

 帰りがけに社員の方に「株を買わせていただいたんですが……」と話しかけたら、「中国の輸出規制の影響で株が下がってしまいましたが、半導体の需要そのものは下がりません。1年後、2年後には株価も戻って来ていると思います」と、社員さん。長期保有するのがマストのようです。

 今回、ブースで説明を聞いて、半導体は全ての産業の根幹に関わる技術だと改めて実感。少なくとも自分がやっている仕事よりもニーズがあって、社会的に役立っています。半導体の工程にならって、より丁寧に仕事しなければと思いました。トランプ大統領の関税政策によってさらに株価は下がってしまいましたが、社会的に重要な会社をサポートしていると思うことにします。服とかバッグとか買いまくるよりも、有意義なお金の使い方をした、と思って心が慰められました。

今月の一言

株を買うことで、その分野に興味がわいてくる。株価が下がったとしても勉強代と思えば良さそうです。

 

辛酸なめ子「お金入門」7 イラスト

(次回は3月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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