辛酸なめ子「お金入門」 6.成功したら寄付はマスト? 若者に啓蒙されたイベント

辛酸なめ子「お金入門」6
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 ある日、インフルエンサーの知人から送られてきたイベントのお知らせ。若い起業家やインフルエンサーが何人か登壇するセミナーのようで、「成功者たちの『志』をリアルで体感せよ!!」というフレーズに引き寄せられました。

 成功者や富裕層の周りにいると、金運が上がると言われています。その日は前の時間に、富裕層の女友達とデパートのギャラリーに行って既にいい運気を吸収していたので、さらなる金運増幅を期待。しかもセミナーは無料なのがありがたいです。

 会場のホールに到着すると、プログラムは途中まで進んでいて休憩時間のようでした。起業セミナー系の出展ブースがいくつかあったので見学。「TED登壇!」「満足度97%!」「望むように人生がうまくいく」と華々しいキャッチフレーズが書かれた自己啓発スクールや、「天命を知ると人生が最短で変化」と書かれたビジネス系の講座、「誕生日で見る! 起業家体質診断」、「健康美人お顔診断」など、興味深いブースがひしめいていました。もっとくわしい話を聞きたいところでしたが、ブースの前を何往復もしても誰からも声をかけられません。マスクを着用していてオープンマインドが感じられなかったからでしょうか。もしくは、年齢的にこれから起業することはなさそうと思われてしまったのかもしれないと、一抹の淋しさが。出展者とお客さんが楽しそうに談笑する中、透明人間のような心境で廊下へ出ました。

 そこでは、何らかの起業スクールや自己啓発セミナーに参加しているらしい20代30代くらいの人々が、景気の良い会話を繰り広げていました。「◯◯に参加したのですが、いい感じです。儲かりますよ」「めっちゃ無敵なんで」「夢を叶えた人はマインドやってるし」「ユーチューブ本気出そうと思います」「成長が楽しみだね」……終わらない文化祭のような活気がうずまいています。

 今まで起業しようと思ったことがないのですが、焦りを感じてきました。ホールに戻ると、金髪のイケメンがステージに上がっていました。経営コンサルティング業の会社の社長とのことで、自らの成功談でも語るのかと思ったら話は意外な方向へ……。その登壇者、K氏がタンザニアに行ったときのエピソードから始まりました。

「タンザニアは働いている人が国の人口の半分。女性の地位がめちゃくちゃ低い。施設によっては女性トイレがないんです。女性は生理があるから汚いという理由で」

 衝撃的なエピソードに会場からは「えぇ〜?」というどよめきが。K氏によると、女性が性的暴行の危険から逃れるため、マサイ族の一夫多妻のコミュニティに身を寄せる、という現実があるそうです。その一夫多妻制は男性が女性をはべらせたい、というよりも、女性たちが駆け込み、一緒に暮らすことで身の安全を確保する避難所のような役割を果たしているようです。

 K氏は、タンザニアの女性たちの置かれた立場を見て「何のためにビジネスをやってんのやろ」という心境になったとか。

「日本でクソ豊かに生きてる人の悩みなんて知ったこっちゃないよ。そういう女性たちがいることをもっと知ってほしい。タンザニアに義足を寄付したけれど、女性たちに必要なのは教育なんだと気付いて」

 一見チャラそうに見えて、彼はホスピタリティみなぎる青年で、寄付について熱く語り出しました。

「ドネーション文化はやっぱり広まっていかなきゃあかん。日本人は有事のときには寄付するけど、何もないと寄付しない。アメリカには収入の5%以上寄付する文化がある」「日本で寄付寄付言ってるのは、人の金で何かやりたい奴」「俺みたいなスピーカー側が、影響力を使って文化を広げていかないと。もっと突き上げていかなあかん」

 実際、日本人には寄付する習慣がほとんどないらしく、イギリスのチャリティー機関による「World Giving Index(世界人助け指数)」調査では最下位に近い順位です。ひとりひとりは親切に見えて、お金に関しては渋いのかもしれません。貯金率も高く、お金を失うことへの不安が大きいのでしょうか。古から災害が多く、いつ何時財産を失うかわからない環境な上、先祖代々、お上に年貢を取り立てられてきたという、トラウマ的な記憶が遺伝子に書き込まれているのでしょうか。実は貧乏性は自分だけではなく、国民性なのかもしれません。

 でも、若くてバイタリティもある起業家男子は、寄付やドネーションへの意欲も高くて素晴らしいです。最初、このイベントがちょっと怪しい、と思ってしまった自分を反省しました。

「だいたいの人は『儲かったら寄付します』と言います。でも、100円持ってる人が1円も寄付しなかったら、100万持っても1万寄付しない。求めている人たちがいるんやでっていう風に気づいてほしい」

 という言葉は耳に痛いです。よく周りの人と「宝くじで1億円当たったら半分寄付する」なんて語り合っていますが、実際当たったら……多くて100万円しか寄付しなさそうです。

 この若手社長は、毎年有志で集まって、どこに寄付するかコミットメントをして実行する、という流れを作っているとのこと。運営費はビジネスの収益から出しているので、寄付金は90%、現地で生かされるそうです。

「ビジネスで少しでも余裕が出てきたら今日の話を思い出してほしい。何かしら、ドネーション行為を考えてほしいです」

 私も、十数年以上、ささやかながら発展途上国の子どもの教育費などを支援する基金に毎月寄付していますが、ここに集う人たちは、もっと大きな金額を寄付に回しているようです。成功しているだけでなく寄付しているからか、社長は変なギラギラ感はなくキラキラしていました。若い経営者が寄付をするブームが起きれば、お金が巡って日本の経済力も復活しそうです。

 続いての登壇者は、今回のイベントを主催した起業プロジェクトの主宰者、N氏。彼もまたドネーションを習慣化しているそうです。若手起業家の間でドネーションマウントが繰り広げられそうな勢いです。大手製薬会社のエリート営業マンを辞めて起業したという経歴の持ち主。しかし話を伺うと決して順調ではなく、闇落ちした時期もあったようです。

「突然なんですけど、この中で詐欺に遭ったことがある人はいますか?」という問いかけから始まったトーク。意外と多くて、十数人が手を挙げました。

「ここにもいます。私はですね、詐欺に8回遭っています」と、驚きの過去を告白するN氏。「8回遭ってわかったことがある。それは、おいしい話はないということです」

 私は詐欺未遂(フリーメイソンに500ドル払えば入れてあげるという詐欺や、路上で強引に占いしてきて1万円払わせられるグレーなサービス)は何度かありますが、本格的な詐欺は未経験です。N氏は過酷な製薬会社の仕事に疲れて仕事を辞めたあと、ネットワークビジネスや投資話に乗って迷走していた時代があったそうです。

「ちょっと信頼関係ができた人が、実績があったり人脈があったり、ちょっとお金持ってたりとかすると、その人の話を鵜呑みにしてしまいがちだから」

 という言葉を心に刻みました。8回の投資詐欺に遭い1500万円を失い、さらにFX投資で7桁万円を3回溶かしながらも、コンビニでアルバイトしてなんとか家族と暮らしていたN氏。

「おいしい話はない、ってわかってから僕は一生懸命働きました。自分でやるんだって決めた瞬間、僕の人生が一つ動いたんですね」

 そのあとコンサルタントが天職だと感じ、その道に進んだら軌道に乗り出したそうです。もとはエリート営業マンなので、話術や問題解決力などに長けていたのでしょう。

 今は起業サポートのサービスの仕事をしながら本も出版し、カンボジアに学校を建てるという慈善事業も行っています。善行の効果で金運の巡りが良くなったのかもしれません。

「会社員の頃は自分のミッションやビジョンなんて1ミリも考えていなくて、いかに会社で楽して出世するかしか考えてなかった。でも、ミッションやビジョンを明らかにして、それに向かって進んでいくことでストレスが減り、若々しくなれました。人間関係も良くなります」

 ちなみに「ミッション」と「ビジョン」の違いはというと、「あっちに向かって進むぞー」という具体的な道筋が「ミッション」でゴール地点が「ビジョン」だそうです。加齢で頭が固くなっているせいかいまいち違いがわかりませんが、彼のミッションは「愛と豊かさに満ちあふれる世界」とのこと。先ほどの社長もそうですが、慈善活動や寄付をしている人は人相が良い傾向にあります。結果的にそのことはビジネスの対人関係にも有利に働きそうです。

「皆さんにもエネルギーを上げてもらいたい」とのことで、「体を動かしてみましょう」と促され、ストレッチをしたあと隣の人とハイタッチをする、というミッションが。マインドの問題には体でアプローチしたほうが良い、とのこと。もと製薬会社勤務なので説得力があります。

 続いて、近くの知らない人と3人組を作り、お互いの夢やミッションを語る、というワークが行なわれました。またミッションまで描いていない人は、前段階の夢でも良いそうです。夢が叶ったら次のステージに行けるようになります。アラフィフには健康くらいしか思い付きませんが夢とは言えなさそうです。

 30代前後の男女と組んで、それぞれの夢を語り合いました。快活な男性は「1万人のイベントがやりたい」、ロングヘアの美女は「ビジネスマッチングの仕事を増やす」と、2人とも意識が高すぎました。私は「海外に行ける仕事がしたい」と漠然とした願望を語りました。コロナ前のような海外出張の仕事が来れば……でも円安になった今叶わぬ夢かもしれません。他の2人に比べると、マインドの方向性が違う他力本願の夢でしたが、優しく受け止めてもらいました。

 夢をお腹から声を発して言うことで自分の思いが「腑に落ちる」そうです。自分にはムリだと思って自信がないと、お腹からではなく胸から出た小さな声になってしまうとか。大きな音で音楽をかけて、周りを気にせず自分の夢を叫ぶ、というワークが行なわれました。長い願望も一言で言いやすいようにする、というアドバイスを受けて、私は「異文化体験」と、まとめてみました。大音量のEDMにまぎらせながら「異文化体験! 異文化体験! 異文化体験!」と叫び、不思議なカタルシスが。

「新しいことに挑戦しようとして、腹から声出たら絶対できます」とのことで、N氏も「カンボジアに学校を建てる」というミッションをお腹から声を出して宣言し、周囲から支援者も集まってきて実現が叶ったそうです。

「でも、感謝された喜びは一瞬でした。一つ達成できたそのあとに感じたのは自分の無力さです。支援活動は終わりがない。助けを必要としてる人はたくさんいる。とりあえず目の前の人を大切にしたい、笑顔にしたい、それが寄付活動」「貢献の道に進んだら、迷わずおいしい道に進まなくなります! みなさんも貢献の一歩を踏み出してみてください!」

 という熱い叫びでセミナーは終わりました。私は善行のあとの無力さ以前に、あごあし付きで海外取材の仕事が来ないか、という私利私欲まみれの夢を抱いていたのを反省しました。

 以来、プチ善行貯金というか、お店でお釣りを募金したり、友人知人にちょっとした贈り物をしたり、一日一善を心がけています。徳を積むことで、願いが叶えば……という下心があることは否定できません。夢を叶えられたら、高尚なミッションについて改めて考えたいです。

 

今月の一言

寄付をすると金運だけでなく人間関係や人相が良くなる、と思えば惜しくありません。

 

辛酸なめ子「お金入門」6 イラスト

(次回は2月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『新・人間関係のルール』『大人のマナー術』『煩悩ディスタンス』などがある。
Xアカウント@godblessnameko

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