中村 航『大きな玉ねぎの下で』
大きな玉ねぎの下で
爆風スランプが好きで、10代の頃、バンドで何曲もカバーした。そのことをどこかで語ったことはなかったけれど、あの頃の僕は、眉間に筋を立てながら、えーらいこっちゃ! とか、まっくろけー、とか、たいやきやいたー、とか、無理だ無理だ無理だ無理だ! などと叫んでいた。
どうして語らなかったのかといえば、シンプルに恥ずかしかったからだ。思い出としてのそれは、小学生の頃に先生をお母さんと呼んでしまったこととか、中学生の頃に書いたラブレターとか、そういうのと同じ箱に入っている。
だけど何年か前、サンプラザ中野くんのラジオに呼ばれるという、僕にとっては衝撃的なことが起こった。当日は興奮気味に、昔カバーしていた曲のことなどを語った。一緒に「たいやきやいた」を歌わされて、猛烈に恥ずかしかったが、猛烈に嬉しかった。高校生の頃、サンプラザ中野のオールナイトニッポンを毎週聴いていたが、まさかその人とラジオ番組で話すことがあるとは思わなかった。
あらためて爆風スランプを聴いてみると、当時の自分が惹かれた理由がよくわかる。80年代の自由さに溢れ、実験的で、またストイックだ。型通りのロックへのアンチテーゼを強烈に感じるのに、一周回った真っ直ぐさのようなところに辿り着いている。誰もが知る曲「Runner」は、その典型だろう。
「大きな玉ねぎの下で」は、彼らの初の武道館コンサートのために、冗談のように作られた徒花曲だ。しかしながら名曲過ぎて、何年か後にシングルカットされる。劇的なアレンジに乗って、切なくて極私的な詞が訥々と語られ、やがて、月の水面の見える千鳥ヶ淵から振り向けば空に玉ねぎが見える、という詩的な光景で曲は終わる。この時代においても、名曲はやはり名曲だとわかる名曲だ。
初めて東京に来てから、今でもずっと、九段下の駅で降りるときはこの曲を口ずさんでしまう。だから、どんなアーティストの武道館ライブに行っても、自分のなかでのオープニングナンバーはこの曲だ。いつだって千鳥ヶ淵を歩けば、澄んだ空に大きな玉ねぎが光るのだ。
この曲を下敷きにした小説や映画を創りましょうよ、という僕の提案は、いろんなタイミングや縁が重なって実現することになった。僕としては、真っ直ぐさのようなものを意識しながらこの小説を書いた。書くときはずっと、この曲を聴いていた。
ぜひ、読んでいただければ、幸いです。
中村 航(なかむら・こう)
岐阜県生まれ。2002年「リレキショ」で文藝賞を受賞しデビュー。『ぐるぐるまわるすべり台』で野間文芸新人賞を受賞。主著に『100回泣くこと』『デビクロくんの恋と魔法』『トリガール!』など多数。
【好評発売中】
『大きな玉ねぎの下で』
著/中村 航