男子の青春と恋愛と 中村航 おすすめ小説4選
2004年、『ぐるぐるまわるすべり台』で第26回野間文芸新人賞を受賞した中村航。純愛小説『100回泣くこと』がベストセラーになり、等身大の男子の切ない思いを描いて人気を集めています。そんな著者のおすすめ小説4選を紹介します。
『100回泣くこと』――婚約中の彼女が末期がんで余命3ヵ月。彼女が最後に欲しがったものは
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「僕」は、20代後半、東京で就職して4年目。ある日、実家から、飼い犬・ブックが死にそうだと電話がかかってくるところから物語は始まります。ブックは、もともと「僕」が図書館で拾った捨て犬。目覚まし時計の秒針を母犬の心音だと思い、時計のそばで熟睡するので、アラームを使うのを控えるほど可愛がっていました。ブックは「僕」の乗っていた2ストバイクのエンジン音だけに喜んで反応していましたが、そのバイクは4年も放置していたので、直る見込みは薄い。それを聞いた彼女は、「バイクを直して、帰ってあげなよ」と、修理に付き合ってくれます。その姿を見て「僕」がプロポーズすると、彼女は「結婚の練習期間」として、まずは同棲しようと言いました。ところが、その矢先、彼女に進行性の卵巣がんが見つかります。他所への転移も見られ、余命3ヵ月との宣告。何かプレゼントするという「僕」に、彼女が望んだのは……。
「絶対開かない箱を作って欲しいの。中身を絶対に取りだせない箱。中には何も入れないんだけどね、絶対に絶対に開かない箱。象が踏んでも壊れない。アレキサンダー・カレリンでも開けられない」
死期が近いと告知されても、冷静に受け入れ、ときにユーモアを見せる彼女の賢さと強さ。思えば彼女は、キャブレターを分解するバイクの修理に興味を持ったり、難解な数式を駆使して、モグラが何匹集まれば馬1頭と綱引きで勝てるか計算したり、ユニークな面を持っていました。理系的な思考ができるゆえ、自身の病状に対しても、俯瞰しているのです。
「僕」は、厳重な溶接を施し、箱を制作します。しかし、完成を待たず、彼女は帰らぬ人となってしまうのでした。
絶対に開かない箱。それにはちゃんと意味があったのだ。何ものにも侵されることのない、永遠に閉じ続ける箱を、彼女は望んだ。(中略)永遠に閉じ続ける箱を持って、僕はどこにでも行ける、そう思い始めていた。
思い出が詰まった箱があれば、人は開けたくなってしまう。だからこそ、彼女は「絶対に開かない箱」を望んだのでしょう。けれど、一度箱の中に閉じ込めた思い出は永遠になくなることもないのです。箱をプレゼントされたのは、もしかしたら「僕」の方だったのかもしれません。
『小森谷くんが決めたこと』――悪性リンパ腫で余命2ヵ月を宣告された28歳男子が、予期せず生き延びた先の変化とは
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世には、「余命数ヵ月」がテーマの小説が多くあります。それらの作品で、余命宣告された人物は死ぬことになっていますが、本作は、余命宣告された人が生き残るという逆のパターンで、実話をもとに書かれています。
だけどもし、このまま死ぬことになったとしても、あまり後悔はないなと思ったりもした。あこがれていた仕事にはつけたし、やりたいことはやってきた。全体的に楽しい人生だった。子供がいるわけでも結婚しているわけでもないし、思い残すことは、ほとんどないのかもしれない。
死期が近づいているのにどこか他人事のような小森谷。入院前に回転寿司に行くか、風俗に行くか、などと少し醒めて考えるところが、かえって現実的です。入院中、可愛い看護師を見つけ、この状況で告白したら成功するのでは、などと、自分を茶化す余裕さえある小森谷は、度重なる抗がん剤治療に耐え、奇跡的に生還します。それは喜ばしいことである一方、死に対して決めた覚悟は宙ぶらりんのまま、狐につままれたような気分にもなるのかもしれません。友人には「仮病だったのでは」と言われるほど回復し、死にかけた実感など遠のいていた彼でしたが、後に起きた東日本大震災では死生観を新たにします。
自分は大騒ぎをして病気から生還したが、今、数字としてしか知ることのない人々にも家族がいるのだろう。守りたいと願うものだってあっただろう。昨日の今ごろはみんな、普通に暮らしていたのだ。圧倒的なできごとを前に、自分などという個人は、とてつもなく無力だった。
そもそも、本作のプロローグによれば、この小説は、著者が「普通の男の人を書きたい」と思ったことから始まったとのこと。
「普通の人の、普通の恋や、普通の友情とか、普通の成長とか、って普通に面白いと思うんですよね。そしてそれはきっと、ちょっと普通じゃないんですよ」
との言葉通り、「普通」のなかにこそ、個々人の特別な何かが潜んでいるのかもしれません。
『星に願いを、月に祈りを』――時空のねじれにより、出会えた奇跡。天文ファンにもうれしい、恋愛ファンタジー
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小学4年のアキオは、キャンプの夜、子供たち3人だけで夜中に抜け出して、蛍を探しに行く計画を実行します。途中の山道で迷子になった3人は、アキオの持つ懐中電灯についていたラジオをかけてみることに。すると、男性DJによる不思議な放送が始まりました。
ハロー、ハロー。心のアンテナを伸ばして、夜空の声をキャッチしよう。こちらは星空放送局。サトザキ・宇宙が君に贈る、『星空・レディオ・ショー』だ。ねえ、君、天の川の水を飲んだら、どんな味がするんだろうって、考えたことはないかい? きらきらきらきらきら――口に含んだ小さな星々が、君の喉元をすべり落ちていく。やがて星々は、君の胸いっぱいに広がる。星に満ちた君の体は、夜空に浮き上がっていく。君は上昇する。体の隅々まで星で満ちた君は、夜空と繋がっている。君と宇宙を分かつものなんてない。ボクらはいつだって宇宙の風に吹かれている。ボクらは宇宙そのものなんだ。ねえ、本当は星を飲み込まなくたって、同じことなんだぜ。例えば君が、山に流れる
石 清水 を飲んだりしても同じことだ。森の夜の空気を吸い込んだって同じだ。隣の友だちと手を繋ぐことだって、本当は宇宙と繋がることと同じなんだぜ。
夜道で遭難したとき、「君も宇宙の一部だ」というメッセージは3人を勇気づけたでしょう。そんな彼らの眼前を流星のような蛍がよぎり、無事帰路に着くのでした。
その後、夜中に聞いたラジオが何だったのか、彼らは調べようとします。ところが、そんな番組は実際存在しないことが分かります。あの時聞いた声は、夢だったのか幻だったのか。
高校生になったアキオは、思い立って、1人でキャンプ場を訪れます。あの時と同時刻にラジオを持って――。すると、星空放送局が、またしても流れてきました。DJの名はサトザキ。ところで、その頃アキオが、片思いをしていた1つ年上の音楽科に通う少女の名も、里崎美紀。この偶然の一致に意味はあるのでしょうか。
物語が進むにつれ、DJサトザキは美紀の父であり、ずっと前に市の科学館のプラネタリウムでよく似た放送していたこと、美紀の母と、お腹の中にいる美紀を車に乗せていたとき事故をして、妻と美紀が即死していたことが判明します。では、なぜアキオの前に美紀が現存しているのか。それは、サトザキが、自分が死んで、代わりに母娘が生き残っている世界を強く希求したからでした。そんなことはあり得ないというのは簡単ですが、
世界の現象に、誰もが納得する“解釈” はないんだ。ただ、事実を“受け入れて”いるだけだ
と、サトザキは語りかけます。例えば、地球以外の惑星に生命体がないとは言い切れないように、サトザキの強い思いが時空をねじれさせ、美紀の生きるパラレルワールドを作りだしたということもあるのかもしれない。星の光が地球上に届くのには時間差があるように、過去のサトザキの声が、現在のアキオのもとに届いたのかもしれない……。物語は、アキオと美紀が成人して結婚するまでを描きますが、愛する人がこの世で生きている奇跡に感謝したくなるような1冊です。
『デビクロくんの恋と魔法』――みんな片思いのもどかしさを描く、青春群像劇
https://www.amazon.co.jp/dp/4094060871
山本
そんな光には、幼少期から架空の友達がいます。その名はデビルクロース(略してデビクロ)。サンタクロースはクリスマス以外に活躍の日がなく、残りの364日は忘れ去られて可哀想だ、と考えた光が、そのサンタの心の闇から発生したキャラクターとして考案したのが、小悪魔系のデビクロです。光は、毒気のあるデビクロのイラストと一言コメントを添えた「デビクロ通信」なるものを、街中にばらまくという、罪のない悪戯をして憂さ晴らしをしているのです。
少しピント外れな光は、要領が良いほうではなく、他人からストレスを押しつけられがちだった。デビクロくんとしての行動は、そんな光のバランスを取るという役割を果たしているのかもしれない。
デビクロに自分を投影させる、妄想力全開の光。そんな彼の世界観を理解しているのは、幼馴染の高橋
好きだと気付いたころには、あまりに仲良くなりすぎていた。あきらめようとした。この気持ちは初恋と同じ場所に保管して、固く封印しよう。自分みたいな溶接女子は、全国軽金属溶接技術競技会でも目指して、
火花 を散らしていればいいのだ。おしゃれが好きで美容師になった姉とは違って、自分の美容と言えば、溶接するときに激しく放出されるアーク光の紫外線から肌を守るとかそういうことなのだ。
光に恋愛相談をされた杏奈。光が好きな人は、杏奈の知り合いの韓国美女・ソヨンでした。光の恋が上手くいくよう、服装からデートプランまで、杏奈は自分の気持ちとは裏腹に協力してしまいます。
光は無邪気にこの関係に甘えているし、杏奈もまた“光に依存されること”に、甘えてしまっている。
杏奈の後押しもあり、ソヨンとのデートに漕ぎつけた光。ソヨンの知人に出版社の男性編集者・北山がいると聞き、自分の絵本を持ち込みます。しかし、そこで待っていたのは予想外の厳しい評価。
「これだけ上手い絵が描けているのに、全く魅力がないのは、どうしてだろう。山本さんは一生懸命描いたのかもしれないけど、何か勘違いされていると思う。こういうふうに描けばいい、の、こういうふう、だけを読まされた気がする。表現ってのは、それじゃあ足りないでしょう。本当に美しいもの、温かいものってのは、むしろ闇から生まれることもあるんじゃないでしょうか。闇から目をそむけて、温かいもののうわべだけを、
掬 おうとしていませんか?」
この指摘にすっかり自信喪失した光。しかも、北山はソヨンの元彼で、ソヨンが今も未練を残していることに気づきます。「ソヨンへの思いをあきらめ、彼女の恋を応援する」と、杏奈に報告する光。
「光は、自分の気持ちを伝えたの? 好きな人の……恋を応援するなんて……(中略)そんなの優しさじゃないでしょ。告白して傷つくのが嫌だから、安全なところから……優しいふりしてるだけだし」
光に向けた杏奈の台詞は、皮肉にも、そのまま杏奈自身にも当てはまることでした。作中のみんなが片思いをぶつけた結果、どんな展開が待っているでしょう。
おわりに
甘くなりがちな恋愛小説や、お涙ちょうだいに陥りやすい余命ものの小説を、抑制した筆で描く中村航。理系の知識が作中のモチーフとして巧みに用いられている点も、ファンタジックな恋愛小説にスパイスを与えています。恋愛小説は気恥ずかしいから読まないという人にもおすすめの小説です。
初出:P+D MAGAZINE(2022/03/16)