平谷美樹『天酒頂戴』
引き裂かれた親友たちの物語
歴史の中には、学校では習わない出来事がたくさんある。
盛岡藩で虎が飼われていたり、姥捨て山の伝説の裏に自ら家を出て山中で共同生活をしていた老人たちの話があったり――。
わたしはそういう話を捜し出し、核にして物語を紡ぐのが好きである。
シリーズ物の場合は、江戸時代のニッチな職業、江戸城の掃除専門の〈御掃除之者〉という役人たちや、レンタルショップの〈貸し物屋〉、小説家である〈戯作者〉などを選び、あとは謎や怪奇、人情をからめて物語を描く。
ネタ元はテレビの歴史を解説する番組だったり、江戸時代の職業を解説する本だったりする。なぜ有名どころの話を書かないかというと、「よく知らない出来事を調べながら書く方が面白いから」である。だから、小説の執筆はわたしの娯楽の一つでもあり、いつも楽しんで書いている。
ある時、ある歴史番組を視聴して〈天酒頂戴〉という出来事があったことを知った。
徳川幕府を倒した新政府が、天皇が京都の御所から江戸城に移った祝いに、江戸の庶民に酒を振る舞ったという。
奥羽越列藩同盟に加盟し、後に賊軍とされた盛岡藩、岩手県生まれのわたしは新政府にいい感情を持っていない。
だから、「新政府はわずかな酒で江戸の(当時は既に東京と名を変えていた)庶民を懐柔しようとした」と、その行為を斜めから見た。
そして、その経緯を調べてみたのだが、色々と面白い事実が分かった。
薩摩藩の陰謀で放火や辻斬りなど、江戸の治安は悪化し、彰義隊と新政府軍が戦った上野戦争で上野周辺は焼け野原になった。そんな出来事からさほど間を空けず、〈天酒頂戴〉は行われたのである。
庶民が腹を立てそうなことも幾つか重なっていたから、「てやんでぇ。馬鹿にするねぇ!」と怒鳴って酒樽を蹴り倒しそうなものだが、江戸っ子たちは拝領した酒樽を御輿にしてお祭り騒ぎを繰り広げたのである。
戦乱と泥縄式の政。引くに引けない意地の張り合い。
そして、それに翻弄される人々。
ならば、時代に引き裂かれる親友たちを主人公にすえよう――。
そして、最初に浮かんだのはラストシーンであった。
そこに向けて、わたしは筆を進めた。
平谷美樹(ひらや・よしき)
1960年岩手県生まれ。大阪芸術大学卒業後、岩手県内で中学校の美術教師を務める。2000年第1回小松左京賞受賞。2014年「風の王国」シリーズで歴史作家クラブ賞シリーズ賞受賞。『でんでら国』『鍬ヶ崎心中』など著書多数。
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『天酒頂戴』
著/平谷美樹