和田正雪『特定しないでください』

この一冊で〝売れる〟つもりで書きました。
たまに売れていないアイドルが地上波や有名メディアに出る時に「今日売れるつもりで来ました」と言ったり、MCのお笑い芸人に「今日売れるつもり?」「爪痕残そうと必死か?」みたいなイジり方をされることがあります。
その後、話題になって売れることもあれば当然売れないこともあり、大抵は後者のイメージがありますが、その姿勢はカッコいいなと思います。
そしてふと思ったのです。これまでの私に足りなかったのはそういう気持ちだったのかもしれないなと。
売れなくてもいいやと思っていたわけではないんですが、本が出るということに満足してしまっていて、売れるとか売れないとか、そういうところまで気が回っていなかったように思います。今になってみると。
デビュー作の面倒を見てくれた版元、編集部に甘えていた部分もあったかもしれません。
しかし、今回は小学館さんにお世話になるということで、ご迷惑をおかけしないよう「ある程度は売れなくてはならぬ」と考えた時に、頭に浮かんだのが「今日売れるつもりで来ました」ならぬ「この一冊で〝売れる〟つもりで書きました」というフレーズなのです。
売れるとはどういうことなのか……売れた先に何があるのか具体的なことはわかりません。小説家には武道館のような売れた先のステージがあるわけではないですし。
そんなわけで企画を考える段階から、この作品で〝ちょっと売れる〟ということをテーマに掲げ、執筆を進めてきました。
そして完成した『特定しないでください』はどのような作品に仕上がったのでしょうか?
流行っている(ような気がする)ジャンル、(たぶん)キャッチーなタイトル、カワイイ(美人)アイドルの装丁写真、有名(過ぎる)クリエイター陣による推薦コメント、ヒットメーカー編集者によるディレクション、引っ張りだこのデザイナーさんと盤石も盤石の布陣!……そう著者(無名)以外はね。
どうですか? この作品は売れそうですか?
和田正雪(わだ・しょうせつ)
岡山県出身。早稲田大学教育学部国語国文学科卒。2023年、『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』(KADOKAWA)でデビュー。他の著書に『嘘つきは同じ顔をしている』(KADOKAWA) 、アンソロジーに『■■謹んでお譲りします。』(講談社)などがある。

