原田 勝『ウクライナ わたしのことも思いだして 戦地からの証言』
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砲撃の中、今なお続く人々の暮らし
2月24日で、ロシア軍がウクライナに侵攻してから3年がたち、一日も早い戦争終結が望まれている。21世紀のヨーロッパで、軍事力による国境の変更が試みられたことは大きな衝撃だった。そして、これほど詳細に戦況が報道されつづけている戦争は、世界史上初めてだろう。今も写真や映像、文章による記録や報道は続けられ、日本でも何冊もの関連書籍が出版されている。
しかし、本書がそうした書籍の中で異色なのは、作者のジョージ・バトラーが、ウクライナの人々と現地で対面して行なったインタビューと、その際に描いたスケッチをあわせて収録していることだ。バトラーは開戦直後の2022年3月から4月、さらに翌年23年にも現地入りし、首都キーウをはじめ、ブチャ、ハルキウ、イジュームなど、この戦争によって世界中に名前が知られるようになった最前線の町を訪れ、取材を敢行している。
バトラーの関心は、戦況の推移ではなく、戦火にさらされたウクライナの人々の暮らしや人生にある。本書に収められた60点近いペンと水彩によるスケッチには、破壊された町並や戦車も描かれているが、多くは、体験談を語ってくれたウクライナの人々の肖像だ。第二次大戦とソ連時代を生き抜いてきた老女、志願して銃を手に戦う一児の母や元フーリガンの男性、息子をロシア兵に殺された母、戦線に近い病院にとどまって治療を続ける医師たち、爆撃の音を聞きながら無邪気に道で遊ぶ幼い兄弟……。
戦争とは、いかに無慈悲に、本来、充実した人生を送っているはずだった無数の個人を巻きこんでしまうものか。指導者たちは国家の利害を考え、あるいは支配欲にかられて戦争をしかけ、やむなく応戦し、マスコミはその思惑を推察し、報道する。しかしミサイルや砲弾の下には人々の暮らしがあることを忘れてはならない。
イギリス人であるジョージ・バトラーは、大学在学中から世界中の紛争地や難民キャンプを訪れ、絵筆を動かしながら人々にインタビューし、町を描いてきた。バトラーは自らを、ルポルタージュ・アーティストと称している。その独自の取材スタイルが結実した本書を、多くの人に読んでもらいたいし、彼のスケッチの大胆な構図や省略、繊細なタッチや色彩をぜひ見てほしい。それが、ウクライナをはじめ、戦争や暴力で苦しむ世界各地の人々を思いだすきっかけになるはずだから。
原田 勝(はらだ・まさる)
1957年生まれ。東京外国語大学卒業。訳書に『チャンス はてしない戦争をのがれて』(小学館)、『弟の戦争』(徳間書店)、『ヒトラーと暮らした少年』『キャパとゲルダ ふたりの戦場カメラマン』(あすなろ書房)、『夢見る人』(岩波書店)などがある。