田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第27回
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「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ
1月20日に、Book Fair Championship(BFC)の一次選考を終え、ベスト10入りの書店フェアが発表された。
BFCは、書店で実施されているフェアを広く世に発信し、フェアを目ざして書店へ来店してくれるお客さまを増やすために、全国の書店員が競い合うチャンピオンシップ。見事チャンピオンに輝いた書店員には、賞金とチャンピオンベルトが贈呈される。
そう、BFCは、書店員がフェアの腕を競い合う戦いなのだ。これは単に賞を授与して終わりではなく、様々な狙いを持って設計されているのが何とも面白い。
BFCのクラウドファンディングのプロジェクトページには、以下のような記載がある。
「Book Fair Championship」(BFC)は「賞」ではありません。賞は一度もらったら満足して終わり。決して書店員の企画力向上の底上げにはつながりません。通常の賞とは異なり、チャンピオンベルトには防衛戦という概念が存在します。一度獲ったら防衛しなければなりませんし、もし陥落したとしても何度でも再チャレンジできます。全国の書店員が切磋琢磨し、読者を楽しませたり、本の面白さを伝えたり、創意工夫することを「継続」できる仕組みをつくりたいと考えています。
BFCを考案したのも書店員であり、所属する書店の枠を超えて集まった書店員が実行委員会を組織し運営している。全国各地で、一冊でも多く本を読者に届けるために日々売り場づくりをしている多くの書店員の皆さんが考えたフェアは、普段は来店いただけるお客さまに向けて実施されている。SNS等で情報発信している書店も多いが、その商圏の外にいる読者が知る術は少ない。
規模の大小に関係なく、様々な工夫を凝らした売場があり、本を手にしてもらうために練られた企画があり、フェアが組まれている。しかし、そんな企画やフェアは、特定の人のスキルや知識、個性に依存する状態、いわゆる属人的な取り組みが多い。書店を維持していくために属人的な企画やフェアを敬遠する書店経営者もいると思うが、僕は、それこそ書店員の醍醐味の一つだし、書店の個性だと考えているので、各書店員のオリジナルの企画やフェアを楽しみにしている。
BFCの面白いところは、書店員自らが実施している企画やフェアをエントリーする必要があることである。来店いただけるお客さまに向けて実施している企画やフェアだが、思い切ってBFCに登録することにより、多くの方の目に触れる機会を得ることができる。どこかの書店員がその企画やフェアから学び、自店の店頭で展開することもあるかもしれない。それは、商圏の外にいる読者と本をつなぐきっかけにもなりえる。
所属する書店の売上につながらないじゃないか、という意見もあるかもしれないが、ここはあえて言おう、それはそれだよ!
出版業界では様々な新しい試みがあるが、書店の店頭で来店されるお客さまとともに、楽しんで本を売っている書店員の取組みを、そこに込めた思いや実施するための技術を披露し、学び、それぞれのスキルを高めることを目指しているBFC、すごくいい!
そして、エントリーされ、紹介され、選考の過程でベスト10に絞られ、チャンピオンが決定するプロセスが公開され、多くの方が目にすることで、書店に足を運んでくれるかもしれない。書店ってどこも同じではなく、それぞれ個性があって面白いんだぞ、と思ってくれたらいいな、という想いが背景にあるのだろう。
BFCの仕掛け人には、梅田蔦屋書店店長の北田博充さんがいる。
北田さんは、本・雑貨・カフェの複合店「マルノウチリーディングスタイル」の立ち上げからはじまり、現在に至るまで、一貫して新たな読者層の創出により出版業界を活性化させることを目指し、普段本を読まない人や書店に足を運ぶ習慣がない人に焦点を当て様々な事業に取り組んできた。
北田さんは、本屋業界において、「あきらめ」を「希望」に変えてくれる人だと思っている。「希望」を「あきらめ」に変えてしまうことが多い業界の中では珍しい。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、そんなことが多すぎて。
あきらめないことが客観的に見れば希望であるとした場合、あきらめないということは正しくブレないことなのかもしれない。北田さんの本屋の可能性を信じる気持ちは、いつも真っすぐでブレがない。
いろいろな仕掛けを展開してきた北田さんだが、なんと言っても40の個性ある本屋さんが集結し開催された2020年の二子玉川本屋博はすばらしかった。出店者は、大手チェーン書店、独立系書店、実店舗を持たずに webサイトやイベントで活動する〝エア書店〟などその形態は様々だが、魅力的な人・商品・活動という共通点をもった40店だった。会場では、各書店ブースで店主と来場者が会話する姿も多く見られ、書店人とのコミュニケーションの場となっていたのも印象的で、僕も出店者の一人として参加したが、来場されたお客さまの熱量はすさまじかった。
2日間の来場者数3万3000人、1万126点もの本が販売された二子玉川本屋博は、多くの可能性を示し、本に関わる皆さんに勇気をくれたイベントだった。その後、コロナ禍もあり他地域を含め本屋博は開催されていない。北田さんに会うたびに、「また本屋博企画してよ! なんでも手伝うから」と伝えている。きっとまたどこかで勇気をもらえるイベントを計画してくれると信じている。
せっかくの機会だから伝えておくね。
「北田さん、また本屋博企画してよ! なんでも手伝うから」
話をBFCに戻そう。
初代ベスト10に選出された企画・フェアは以下の通りである。
■ペイフォワード文庫 高木久直さん/走る本屋さん高久書店■中万々店では1冊も売れてない悲しい俺だけどそれはキミに出会うためだったんださよならなんて言わず今すぐ連れて帰ってくれないかフェア 鎌倉綾さん/TSUTAYA中万々店■あなたにぴったりの本~16Personalitiesのタイプで選んだとっておきの一冊~コンシェルジュ文庫2024 松本泰尭さん/二子玉川 蔦屋家電■みんなのBOOKS 〜一冊だけの書店員募集〜 渡邉典朋さん/萬松堂■一冊書店 岡田菜織さん/HMV&BOOKS SHINSAIBASHI■疑似体験職業フェア 上野恵佑さん/TSUTAYAデイズタウンつくば■新社会人応援フェア Working girl Routine #本庄静子の一日 久保田理恵さん/MARUZEN&ジュンク堂書店新静岡店■米津玄師と文学 千葉拓さん/紀伊國屋書店横浜店■3冊の本 江藤宏樹さん/広島 蔦屋書店■芳林堂書店と、10冊 山本善之さん/芳林堂書店高田馬場店
さすがはベスト10! 興味深い企画揃いである。初代王者はどの企画・フェアとなるのか。そして、次回防衛戦に挑む新たな挑戦者は現れるのか。今後の展開が楽しみだ。
田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。