採れたて本!【エンタメ#14】
日本には「元気な大人の女性の物語」が少なすぎる、と思う時がある。たとえば映画『マンマ・ミーア!』を見ても映画『SUNNY』を見ても、印象に残るのはやはり元気な大人の女性たちだが、日本にはこういう物語がなかなかないのだ。大人と言っても、アラサーではない。もっともっと上の世代の、おばちゃんとかおばあちゃんとか呼ばれる女性たちの元気な姿が主人公になる作品を、もっと見たい。そう思う時がある。私が驚いたのは、江國香織の最新作である本作が、まさに私が読みたかった作品であることだ。そう、本作はアラフィフ女性たちが主人公になった物語なのである。
といっても、本作に登場する全員が元気いっぱいというわけではないので安心してほしい。イギリス帰りの理枝は若い頃からわがままでアクティブだが、作家の民子は今も昔も変わらず落ち着いている。夫と息子を持つ主婦である早希は、変わりゆく家族との関係に戸惑いながらも日々を楽しく生きている。物語は、理枝がいきなり民子と母が二人暮らしをしている家に転がり込んでくるところから始まる。久々に集結した友人三人で話すことといえば、恋人の話や周囲の人間関係の話、そして年齢を重ね驚くことについてなのだった。ちなみにタイトルになっている織物とメロンの登場の仕方がとても素敵なので、ぜひ注目してほしい。
三者三様の生き方は、若い頃から移り変わる時代を嚙み締めつつも、自分を守りつつ他人を尊重しようとする姿勢に満ちている。それはまさに、「ああ、こういう大人の女性の物語が読みたかった!」と膝を打つような読み心地なのだ。
いい歳をして、とか、周りの世話があるのに、とか、年齢を重ねた女性を縛る言葉はたくさんある。しかしそんな言葉に縛られながらも、本作に登場する女性たちは、なんだかんだ若い頃からの自分の生き方を見失っていない。たとえば「おばあちゃんの生き方」など歳をとることに過度な幻想を持たせる言説は今もあるけれど、本作を読んでいると、魔法でも何でもなくてただの歳をとるという現象なのだとよくわかってくる。
たとえば作中でも描かれた、はじめて手を繫ぐ緊張感や、結婚をめぐる騒動は、若い人に譲っている。しかしたとえば久しぶりに抱きしめられる緊張感や、介護をめぐる騒動など、歳を重ねればそれはそれで新しい物語のページがめくられていく。鮮やかに描かれる、三人の女性の日常は、私たち読者へ「年齢を重ねることは魔法でも呪いでもなく、ただの生理現象である」という冷静なメッセージを伝えてくれているように思う。このような小説が存在してくれることを嬉しく感じる読者は、きっと私だけではないはずだ。
『シェニール織とか黄肉のメロンとか』
江國香織
角川春樹事務所
評者=三宅香帆