採れたて本!【歴史・時代小説#13】
数々の計略で敵軍を破った天才軍師の諸葛亮(字・孔明)は、『三国志』の中でも屈指の人気を誇っている。『三国志』全12巻、『三国志名臣列伝』などを発表している著者が、孔明を正面から取り上げたのが本書である。
本書は超人ではなく人間としての孔明に迫っているので、出師表は詳しく解説されているが、有名な三顧の礼や赤壁の戦いなどは意外なほどあっさりしている。その代わりに著者がこだわっているのが、叔父の諸葛玄との関係である。
物語は、孔明の7歳上の兄・瑾が志学の年になり、父の珪と玄が留学先を考える場面から始まる。珪は碩学の鄭玄がいる高密を、玄は権門との人脈ができる洛陽を主張していた。どちらを選ぶべきか問われた孔明は、二人とも正しく、兄は洛陽へ、自分の留学先は高密にすると答え、才能の片鱗を見せつけた。
瑾が留学した頃の洛陽は、皇后の兄が権力を握っていた宦官を宮中から追放するも逆襲に遭って暗殺され、袁紹と袁術が宦官を殺すも乗り込んできた董卓が九歳の劉協(献帝)を即位させるなど混乱が続き、群雄割拠の時代になっていた。
やがて諸葛家では父が亡くなり、妻の没後に父が迎えた後妻と瑾が喪に服した。同じ頃、玄は袁術に豫章太守に任じられる。孔明は、叔父が曹操に一度も勝てず陋劣な袁術に従うことに不安を抱いていたが、あえて危険な道を選んだ玄の真意を理解し共に豫章へ向かう。
孔明は、玄を観察して政治を学ぶが、玄が尊奉する儒教よりも、史書から学ぶことを好んだ。そのため作中には著者が歴史小説で取り上げた管仲、楽毅、晏嬰、重耳らのエピソードが紹介されており、著者のファンはより楽しめるし、歴史から教訓を得ることの大切さも実感できる。孔明は、帝から庶民までを等しく規制する法を重視した管仲と、弱きを助け強気を挫く義俠心が強い楽毅を理想とした。法治主義の管仲への傾倒は、後に馬謖の悲劇へと繫がっていく。
孔明が軍事的な才能を発揮するのは南征、北伐以降なので、下巻の中盤からになる。南征での孟獲との逸話は、多文化共生の意味を考えさせられるはずだ。
そのため本書は、利を求めない劉備を支えた孔明の政治家としての側面をクローズアップしている。善政の基本を公平とする孔明だが、他国の軍人、政治家の言動や噂を聞いて好悪の感情を抱き、戦った場所も相手も違う軍人、政策の効果が分かりにくい官僚の評価で悩むこともあった。それでも孔明は私欲を持たず、何よりも公平を重んじて、論功行賞を行い、国の進むべき道を決めていった。
孔明が名軍師、名宰相として現代まで語り継がれているのは、孔明ほど高潔な為政者が少なかったからかもしれない。
『諸葛亮(上)』
宮城谷昌光
日本経済新聞出版
『諸葛亮(下)』
宮城谷昌光
日本経済新聞出版
評者=末國善己