採れたて本!【歴史・時代小説#11】
荒山徹の4年半ぶりの長編は、「皇統譜」から除外された北朝系の光厳天皇を主人公にしている。タイトルは、光厳が親選した『風雅和歌集』から採ったのだろうが、朝廷への統制を強める江戸幕府に抗った後水尾天皇を描いた隆慶一郎の名作『花と火の帝』を意識したようにも思える。
本書は光厳が一人称で語る重厚な歴史小説だが、光厳が漫画『ワンパンマン』に登場するサイタマを思わせる筋トレを続け、松井優征が連載中の漫画の主人公と話すなど、特撮ネタをちりばめた作品がある著者らしい遊び心が織り込まれているのも面白い。
鎌倉時代は持明院統と大覚寺統から交互に天皇を出していて、持明院統の量仁(光厳)は後醍醐天皇の後に即位する予定だった。量仁は、叔父の花園天皇が徳を身に付けた天皇になるため皇太子が学ぶべきことを記した『誡太子書』を熟読し、夫の伏見天皇とともに和歌の刷新を進めた祖母の永福門院から和歌を、父の後伏見天皇から琵琶を学ぶ英才教育を受ける。
倒幕に失敗した後醍醐が隠岐に流され践祚した量仁だが、隠岐を脱出した後醍醐に呼応した足利尊氏(当時は高氏)らが六波羅を落とすと鎌倉を目指して逃亡する。その途中で襲われ矢傷を負った量仁は、筋トレを教わるなど親しかった北条仲時が数百人と自刃する悲劇を目撃した。
返り咲いた後醍醐に廃位され院になった量仁は、後醍醐と対立を深める尊氏の求めに応じ院宣を出し、征夷大将軍に任じた。だが吉野を拠点にした後醍醐は、楠木正成の遺児らと京の奪還を目指す。
弟の豊仁(光明天皇)を践祚させ治天の君になった量仁は、祖母の言葉に従い地獄のような現世を雅で包む勅撰和歌集を編み始める。徳で国を治めたい量仁は、戦乱が終わらないのは武士が原因ではなく、皇統が分裂していて権威が欲しい武士が天皇を利用しているためと気付き、後醍醐の妄執に囚われている義良(後村上天皇)を改心させようとする。
戦乱で大勢が命を落とすのを目にし虜囚も経験した量仁は、あらゆる権力から距離を置き、文化の力で国を安定させ、社会の変化に応じて形を変える天皇家を万世一系で後世に残したいと考える。
これは未曽有の被害を出した太平洋戦争後に、象徴天皇制を受け入れ平和を祈った昭和天皇、上皇、今上天皇三代の姿に重なる。現在の天皇家は北朝系なのに近代の南北朝正閏論では南朝が正統とされ、統帥権問題を使って軍部が専横を強めた戦前の歴史を踏まえれば、南朝正統論を批判し、量仁の理想を象徴天皇制に繫げた本書は、戦前の体制を礼賛し、大日本帝国憲法への回帰を主張する勢力の虚妄を鮮やかに暴いているのである。
『風と雅の帝』
荒山 徹
PHP研究所
評者=末國善己