◉話題作、読んで観る?◉ 第69回「風よ あらしよ 劇場版」
2月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国順次公開
映画オフィシャルサイト
大正時代に作家、女性解放運動家として活躍し、28歳で亡くなった伊藤野枝の短くも波乱に満ちた生涯を描いた村山由佳の評伝小説が原作。吉高由里子主演作として2022年に NHK BS でテレビドラマ化され、その劇場版となる。連続テレビ小説『花子とアン』や『返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す』を演出した NHK ディレクター柳川強の監督作。関東大震災直後に起きた虐殺事件を題材にした映画『福田村事件』の太秦が配給する。
文庫本で上下2巻ある原作では、福岡市郊外の貧しい家庭に生まれた野枝が雑草のようにもまれながら育った幼少期から描かれているが、本作では野枝(吉高由里子)が東京の女学校に通い、英語教師の辻潤(稲垣吾郎)と出会うところから始まる。辻から婦人誌「青鞜」を手渡された野枝は、「青鞜」を発行する平塚らいてう(松下奈緒)らと交流し、社会意識に目覚めていく。
辻との同棲生活を始めた野枝は「青鞜」の編集に加わり、真っ直ぐで情熱あふれる記事が次第に評価されるようになる。無政府主義者として知られる大杉栄(永山瑛太)も、彼女の才能を買うひとりだった。辻との間に長男が生まれた野枝だが、大杉のバイタリティーに惹かれ、心を通わせることに。
恋愛スキャンダルとなる「日蔭茶屋事件」を経て、同志愛で結ばれていく大杉と野枝。たびたび発禁処分に遭いながらも、その度に新雑誌の創刊に意欲を燃やす2人だった。そんな折、関東大震災が発生。震災の混乱に乗じ、大杉の存在が面白くない憲兵の甘粕大尉(音尾琢真)が2人の背後に忍び寄っていた──。
主演の吉高由里子はまだ子どもっぽさの残る女学生から、「良妻賢母」であることを女性たちに強いる男性社会に異議申し立てる活動家へとたくましく変わっていく様子をごく自然に演じてみせている。野枝とは対照的な育ちのよさを感じさせる平塚らいてう役の松下奈緒、吃音を持ちながらも人たらしだった大杉栄役の永山瑛太らのキャスティングもハマっている。
なかでも出色なのは、辻潤役の稲垣吾郎だろう。知識に飢えていた野枝の目を開かせるメンターでありながら、想像を上回る野枝の急成長に対応できず、ひとり取り残されてしまう。妻の出ていった家で、所在なさげに佇む辻のデカダンスぶりが印象的だ。新しい思想と保守的な社会とが激しくせめぎ合った大正という時代の雰囲気をうまく伝えている。
28年間の生涯で、3度結婚し、7人の子どもを産んだ伊藤野枝。恋と社会運動に全力を注いだ濃厚な人生だった。村山由佳が描き出した伊藤野枝は歴史上の人物ではなく、学生時代の同級生だった親友を主人公にしたかのような生々しい親近感があった。吉高が演じる野枝も、非業の死を遂げた女性ではなく、最期まで自分を曲げることなく信念を貫き通した女性の凄みと気高さが感じられる。
原作はコレ☟