◉話題作、読んで観る?◉ 第67回「正欲」
11月10日(金)より全国ロードショー
映画オフィシャルサイト
普通の人と普通ではない人との境界線はどこにあるのか。多様性という言葉はどこまで許されるのか。2021年に朝井リョウが上梓した小説『正欲』は、容易には答えられない問いを読者に投げ掛けた。社会からはみ出した人たちを見守る若い保護司を主人公にした『前科者』の脚本家・港岳彦と岸善幸監督が、原作のテーマをそこなうことなく丁寧に映画化している。
地方検察庁に勤める検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は、小学生の息子が不登校となり、YouTube への動画投稿に熱中していることを気に病んでいた。ショッピングモールで働く桐生夏月(新垣結衣)は、結婚する気配がまるでないことを両親から心配されていた。そんな折、夏月は中学時代の同級生・佐々木佳道(磯村勇斗)と再会。恋愛とは異なる感情が夏月の心の中で躍り出す。大学生の神戸八重子(東野絢香)は学園祭でダイバーシティフェスを企画し、諸橋大也(佐藤寛太)が所属するダンスサークルに出演を依頼する。
それぞれ異なる境遇で暮らす5人が織り成す群像劇だが、物語の中心となるのは夏月と佳道の関係性。お互いに異性愛者ではなく、他人には知られたくない同じ性的指向を持っていることを確かめ合った2人は、セックス抜きでの共同生活を始める。家族や職場を欺くための偽装結婚だった。だが、ずっと孤独感を抱えて生きてきた2人にとっては、秘密を共有したシェアライフは思いのほか心地よかった。そんな折、佳道がある事件に巻き込まれて逮捕されてしまう。
一時期は流行語のようにもてはやされた LGBTQ や多様性という言葉だが、LGBTQ のどのカテゴリーからもはみ出してしまう人たちがいる。また劇中の大也は「あんたが理解できないような人間はこの世界にたくさんいる」と八重子に向かって吐き捨てるように呟く。LGBTQ や多様性などの言葉は、マジョリティー側の人たちが安心するための便利なレッテルとして使われていることへの苛立ちが大也にはある。彼に寄り添おうとしていた八重子の戸惑いは、多くの観客も感じるものではないだろうか。
契約結婚をモチーフにした主演ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が大ヒットした新垣結衣が、本作で再び仮面夫婦を演じる。新垣扮する夏月と一緒に暮らすことで、佳道は次第にネガティブな考え方を改め、明るい表情を見せるようになる。ラブコメを得意としてきた新垣の新しい一面に注目したい。
恋愛とは異なる感情で結ばれた夏月と佳道。異性愛者ではない2人だが、ラストシーンで夏月が口にする言葉は、愛以外のなにものでもないはずだ。