中村汐里『天満つ星』
誰しもが秘め宿す「メルヘン」
メルヘンとは何物か。小学生向けの国語辞典(ちゃんと小学館のものを参考にした)によれば、空想によって作られたおとぎ話という意味を持つそうだ。小さい子どもが屈託ない笑顔でふわふわと語る絵空事、そんなイメージが先にたつ。
だから、それなりの年齢になってから「それ、なんだかメルヘンチックな考えだね」なんて言われると、気恥ずかしさに顔を熱くする人もいるかもしれない。
けれど私は思うのだ。すべての人は確かにメルヘンをその心に持ち合わせているはずだと。おとぎ話、夢物語という意味合いの範疇を超えてみると、人生訓や笑い話、残酷な話などもメルヘンの中に含まれているそうだ。そう考えてみると、誰でもひとつやふたつは語れる人生譚や笑い話があるだろう。
そしてここからは私自身の、さらに『天満つ星』にまつわるメルヘンについて語ろう。幼少期の私は、まさにメルヘンを体現したような子どもだった。夜の寝室で、窓越しに見えるお月様を相手におしゃべりをしたり、見えないお友達と仲良くおままごとをしたり、自分の中にしかない世界をストレートに表現していた。とはいえ、単なる子どもらしいエピソードであり、さして特別な感性によるものとは言えない。
けれど歳を重ねても私のメルヘンが失われることはなかった。言葉で、絵で、料理で、手芸で──ささやかながらも、あらゆる形で私は私の世界を表現してきた。そうして行き着いた先で、作家という立場の末席をいただいた。
諸先輩方を差し置いて大口を叩くつもりはないが、作家というものはまさにメルヘンの塊であり、それを堂々と掲げられる才のある者たちだと思っている。こんなことを考えているなんて恥ずかしい、などと悩んでいたら作品など出せない。脳内にあるメルヘンに値札が付いて書店で売られるのだから。なんて心地の良い話だろう!
話が逸れたが、『天満つ星』の前作『殻割る音』からの主人公であるさくらも、人とは違うメルヘンを己のうちに抱えている。『天満つ星』では己のメルヘンを恥ずかしいと感じながらも友人に話し、相手の反応に一喜一憂する。けれど調理部で出会った先輩・ななせとの関わりの中で、自分が心に秘めているメルヘンを表に出すことへの抵抗を少しずつ手放していく。装画に描かれたケーキは、さくらが世界に向けて叩きつけた最上のメルヘンを具現化したものだ。さくらとななせの抱いたメルヘンは、コンテストの最優秀賞というてっぺんの星を目指して物語を駆け抜ける。『天満つ星』は女子校の調理部が主な舞台だが、その字面から想像できるよりもずっと熱い。メルヘンというものは、熱いのだ。ほとばしる情熱なのだ。
「こんな趣味、人に知られたら恥ずかしい」「こんなこと考えてるなんて、おかしいのかもしれない」「ほかの人と違っているのが怖い」。そんなふうに思って生きている人がいたら、私は声を上げて言いたい。それこそがあなたにとってのメルヘンで、なにひとつ恥ずかしいことなんてない。「これが自分だ」と堂々たる態度で立っていればいい。このエッセイをこんなテンションで書き上げたのも私のメルヘンによるものだ。
『天満つ星』にはタイトル通り、いくつもの星が登場する。ペルセウス座流星群のシーンもある。発売日のおよそ10日後なので、発売記念に見に行こうと思っている。天体や星座に関する資料として、藤井旭氏著・河出書房新社『全天星座百科』を参考にさせていただいた。星座にまつわるエピソードはまさにメルヘンの宝庫だ。ときには、内なるメルヘンを抱きしめながら夜空を見上げてみるのはいかがだろうか。
中村汐里(なかむら・しおり)
1983年、静岡県静岡市生まれ。同志社大学文学部中退。風吹柳花名義で平成30年度「静岡市民文芸」児童文学部門市長賞を受賞。2020年、第1回「日本おいしい小説大賞」の最終候補作に選出された『殻割る音』を加筆改稿し、デビュー。
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『天満つ星』
著/中村汐里