週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.156 紀伊國屋書店新宿本店 竹田勇生さん
『たぶん私たち一生最強』
小林早代子
新潮社
結婚しようと、しなかろうと、子どもがいようと、いなかろうと、これが本当に自身の進むべき道なのか、歩きたかった道なのかを疑わなかったことなど、たったのひとときもありません。
そもそも私が、あなたが求める幸せの形ってなに?
偶像と虚像が入り乱れた、多くの人生のサンプルからより自分に都合のよさそうなものを取捨選択しただけなのでは?
誰もが生きづらさを感じるから、生きやすそうな道を選ぶ。
私の悩みなんて、とるにたらないちっぽけなもの。
もっと切実な人はたくさんいる。
ジャンヌ・ダルクは私じゃなくていい。
そうしてマジョリティの森は大きく育ち、いつしか自分の痛みも苦しみも忘れて、そんなこともあったね、と孫かなんかあやしながら頬を緩める。
しあわせという呪いの継承──
と、何となくシニカルに思いの丈を綴ってしまいましたが、築き上げられた制度や慣習によって日本という国が、ひとつの村社会に向かって突き進んできたことに対するアンチテーゼ、いわば反逆の狼煙が、この小説を生んだといっても過言ではないでしょう。
『たぶん私たち一生最強』
生活を共にする4人の女性たちと、4人の女性たちが授かる生命のお話。
プロローグを読んでいただければ、この作品の生命線ともいえるテンションが伝わることと思います。逆に伝わらなければ、いますぐこの本を横に置いて、他の小説を読むのがよいでしょう。このテンションこそ、物語の命であり、これについていけない限りは、花乃子、澪、亜希、百合子、4人のひとりひとりが抱える慟哭すら希釈されたものとして届いてしまうでしょうから。
ひたすらしゃべくり劇のような構成で進んでいき、その痛快さこそ、本作の魅力ではありますが、彼女たちの生々しくも切実な悩みは誰にも心当たりがあるのではないでしょうか。ときにエゴの塊のように言葉を吐き出しながら、それは他人という存在が自分の輪郭を形成してくれることによって生まれる言葉でもあり、これこそ4人が悩み、考え続ける「家族」という在り方の本質なのではないか、と思うのです。
お世辞にも上品とは言えない、一見おままごとのように映る物語でも、ここには生きていくことへの誠実な決意が描かれていると、私は思います。
あわせて読みたい本
『主婦病』
森 美樹
新潮社
文学賞と一口にいえど、様々な種類がある中で、個人的に並々ならぬ信頼を寄せているのが「女による女のためのR-18文学賞」で、本作中の一編(「まばたきがスイッチ」)もR-18文学賞読者賞を受賞している。タイトルからもおわかりのように女性の精神的あるいは社会的自立をテーマに描かれる短編集である。決して収まりの良い物語ばかりではないが、むしろ私はその後味の悪さのようなものに満足感を覚える。刹那的な快楽も含めた割り切れないものを描いてこその文学であり、著者が足掻いた痕跡こそが読者を救うのだと思う。
おすすめの小学館文庫
『こうふく みどりの』
西 加奈子
小学館文庫
死ぬまでにあといくつの物語を読むことができるだろう。ときどきそんなことを考える一方で、もうその断片すら思いだすことのできない物語がいくつもあることに悲しくなる。この作品も仔細に語って下さいと言われると、甚だ自信がない。けれど、絶対に忘れることのない一行がある。〝海は、女やと思います。〟
小説の魅力は様々あれど、まるで文章が命を宿したようにこだまする瞬間に出会うことこそ、私が小説を読み続ける理由である。
竹田勇生(たけだ・ゆうき)
1980年生まれ。2024年6月より紀伊國屋書店新宿本店仕入課にて勤務。販売プロモーション担当。2023年本屋大賞受賞作、凪良ゆう『汝、星のごとく』紀伊國屋書店特装版を企画。