週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.186 ブックファースト練馬店 林 香公子さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ブックファースト練馬店 林 香公子さん

虚傳集

『虚傳集』
奥泉 光
講談社

 今回ご紹介したい新刊は奥泉光『虚傳集』です。ドラマにもなった『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』シリーズ(文藝春秋)、いとうせいこうとの『文芸漫談』(集英社)、また、最近では加藤陽子との新書『この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか』や原武史との新書『天皇問答』(どちらも河出新書)など、触れたことのある方も多い作家かと思います。そんな奥泉光の最新刊は昨年度文芸誌に発表された5編をまとめた本です。

 タイトルに「虚傳集」とある通り、どの作品も嘘と本当の境にドキドキする作品。1編目の「清心館小伝」は幕末、江古田にあったという町道場の話。木剣の音の良し悪しを競い、脛の毛をそり、一対一の斬り合いは絶対避ける(落とし穴も積極的に使用)といった流儀だそうで、引用元の「新続近世畸人伝」といい、なんとも人を喰った内容。嘘であるとわかっていても、江古田の飲み屋に行ったら得意げにそういえば、「近所にこんな道場が昔あったみたいよ」と話してしまいたくなる面白さ。隣駅の本屋としては、積極的に推していきたい1作です。他にも戦国時代の石投げプロ集団に、運慶から仏像を霊木から彫り出すことを教わったという仏師(高級張型の作者として名が残っている)、江戸の世で腹切りをして借金取り立てを行なうのは興行師か錬金術師か?な作品に、最後は幕末の時代の変化に巻き込まれる若者2人の将棋を介した交遊録となっています。

 メタ小説と言ってしまうのは簡単ですが、漫画やアニメなどで養成されている歴史にまみれている中、エンターテインメントを手放さないで歴史を語るとは?を楽しく読みながらも考えさせられてしまうのは、長年「虚実」を書き続けてきた作家ならでは、かと思います。

 最後の将棋の話が面白かった方は、その不詰みの詰将棋の矢文を拾った者は必ず行方不明に、から始まる将棋幻想小説『死神の棋譜』(新潮文庫)を。また、昨年8月に発売された菊版ハードカバー1091ページ1キロ超えの大長編『虚史のリズム』もぜひ!

 

あわせて読みたい本

邪馬台国はどこですか?

『邪馬台国はどこですか?』
鯨 統一郎
創元推理文庫

 史実虚実を織り交ぜた歴史のお話、と言えば鯨統一郎1998年のデビュー作『邪馬台国はどこですか?』。バーのマスターと客3人が繰り広げる歴史検証の酒場談義。仏陀の悟りの真実、邪馬台国の場所、聖徳太子の正体などなど、諸説諸々が思いもよらない結論に着地するアクロバティックさが魅力の作品です。昨年8月、最新刊『熊野古道と八咫烏の殺人』の刊行に合わせ、品切となっていた巻の新装版が発売となり、現在シリーズ全作が入手可能となっております。この機会にぜひ。

 

おすすめの小学館文庫

天酒頂戴

『天酒頂戴』
平谷美樹
小学館文庫

 小学館文庫の幕末小説と言えば、昨年11月に著者・平谷美樹の100冊目記念の書下ろし作品『天酒頂戴』。幕末、陸奥国南端の藩で育った幼馴染剣士3人が、江戸屋敷の守りを任じられ上京。名のある誰かの話ではないだけに時代の移り変わりの中で翻弄される姿がグッとくる小説となっています。タイトルでもありラストシーンとなっている、天皇東幸に伴い江戸中に酒を配ったというイベント「天酒頂戴」、ネットで検索すると錦絵を見ることができるので、読み終わりましたらぜひ見てみてください。

 

林 香公子(はやし・かくこ)
どちらかといえば読書家。


米津篤八『不便なコンビニ2』
古内一絵『風の向こうへ駆け抜けろ3 灼熱のメイダン』