週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.187 紀伊國屋書店新宿本店 竹田勇生さん

たった1篇の詩が、人が生まれて生きて死んでゆくその一瞬を、それが何千何万何億回と繰り返されてきた永遠を、語り得ることがあるのです。
私は詩が好きです。古典、近代と遡ればいくらでも好きな詩を見つけることが出来るし、岩波文庫で詩集と名のつくものはおそらく全て読んでいます。そのように、詩を馴染み深く分かち難いものとして、読み続けてこられたのはとてもしあわせなことだったと思いますが、このように詩への愛着を表明する一方で、これから詩集を読もうという若い人たちへと手渡す1冊を、20年近く書店員をやっていながら、見つけられていないことに後ろめたさ、或いはさみしさのようなものをずっと感じていました。
その悶々とした日々がこの1冊によってようやく終わったのです。そして、この1冊が詩の世界にまだ見ぬ読者をきっと連れてきてくれるであろうことを私は確信しています。
「詩を読んでもよくわからない」という声を耳にします。詩にも様々な形式、イズムのようなものがあり、それらは明確に目指している地平が異なります。とりわけ現代詩という芒洋とした遠景はフォーカスを定めることすら難しく、吟味して選びとったつもりでも、読者が意図したものと内容が著しく異なることは珍しくありません。私も何の手がかりも見出せないまま、1冊を読み終えてしまうことがよくあります。
ただ、大崎さんの詩集は読む人が迷子になってしまうような書かれ方はしていません。
大崎さんは言葉の枝葉ではなく、幹に触れている人だから、飾らない思いを飾らない言葉で書くことができるのです。
あなたにとって大崎さんの詩は悲しいですか? 楽しいですか? あたたかいですか? つめたいですか?
私には彼女の詩が嵐のあとの凪、慟哭のあとの夜明け、別れのあとの慈しみのように思えます。そして、それは流転する万物への抱擁と言い換えることも出来るでしょう。
昨年、谷川俊太郎さんがお亡くなりになりました。谷川さんの詩は人口に膾炙され、その存在が詩そのものの入口になっていたと言っても過言ではありません。
けれど、何も心配することはないのです。
だって、私達には大崎さんがいるから。詩の入口に立って、あなたにそっと手を携えてくれる、そんな未来を私は思い描いています。
あわせて読みたい本
短歌は近年、SNSの隆盛と相俟って、先人が想像だにしないような形で広く受け入れられることとなった。心地よい精神安定剤のような歌は若い世代にも好評で、何より日常的に思いを歌にして発信しようという人が増えたことは実に喜ばしい。だからこそ、私は精神が奮い、慄き、昂ぶる、劇薬のような短歌もまた大いに広めたい。(あたしはあたしの手札すべて墓地に送り召喚されたモンスターだよ)同じ色の花を摘んだって足りない きみとそろいのふるさとが欲しい
竹田勇生(たけだ・ゆうき)
1980年生まれ。2024年6月より紀伊國屋書店新宿本店仕入課にて勤務。販売プロモーション担当。2023年本屋大賞受賞作、凪良ゆう『汝、星のごとく』紀伊國屋書店特装版を企画。