週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.190 精文館書店中島新町店 久田かおりさん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 精文館書店中島新町店 久田かおりさん

目には目を

『目には目を』
新川帆立
KADOKAWA

「目には目を」というのは言わずと知れたハンムラビ法典のなかにある一節だ。普段この言葉を「やられたらやり返してもいい」という意味で使いがちであるが、本来は「やられたらやられたと同じことをやり返す」つまり、やられた以上のことはやり返してはいけない、「同害報復」のみが許されるということなのだ。

 新川帆立は元弁護士、元プロの雀士、そして現在は作家という、どれだけ天から才能を与えられた人なんだ、とうらやましくなる代表選手のような人。弁護士という莫大な知識をちりばめた軽やかなリーガルミステリを得意とする、その新川帆立の新作『目には目を』を読んで思わず「同姓同名の別人?」と驚愕。こ、これは「ニュータイプ新川帆立か! いや、新新川帆立の誕生ではないかっ!」と興奮した。

 テーマは「少年犯罪の罪と償い」だ。犯罪加害者は「少年」であることを理由にその「存在」は法で守られている。裁判で裁かれることなく少年院へ入院し、同じ罪を犯した場合の成人よりも短い期間を過ごした後、世に戻ってくる。匿名に守られ、過去を忘れ新しい人生を生きることができる。たとえ殺人を犯したとしても、だ。

 少年Aに娘を殺された母親が、退院したAについての情報をネットで募集する。そしてある日、Aを殺害し娘の復讐を遂げる。母親はすぐに自首するが、自らの罪に対して全く反省はしない。「死には死をもって償うべき」という母親の主張からこの事件は「目には目を事件」と呼ばれる。匿名に守られたAをどうやって探し出したのか。ここでAと同じ時期に少年院にいた5人が浮かび上がる。彼らの中の誰か(少年B)がAの情報を母親に密告したとしか考えられない。

 この小説の語り手はライターの女性だ。「6人」の少年たちへのインタビューを通して、誰が密告者Bなのか、そしてなぜ、Aだけが被害者からの復讐を受けなければならなかったのか、を探っていく。淡々と描かれる少年たちの犯した罪と現在の暮らし。読みながら読者は「少年院の意味」について考えさせられる。短期間で退院して彼らは罪を償ったことになるのか、本当に人は変われるのか。

 もやもやとした違和感や腑に落ちなさを抱えながら読んでいくと、ある一文でしばらく思考が停止する。

「え? ちょっと待って? あ! そういうこと!」

 見えていた世界が大きく変わる。全てが明らかになった後、茫然としながら過去の取材に戻る。そこここに散らばっている伏線を拾いながら予想だにしなかった「罪」との向き合い方に絶句する。

 罪は消えない。贖罪も終わらない。けれどその先に希望の光を見つけることは、必ずできる、そう信じたくなる。

 

あわせて読みたい本

望み

『望み』
雫井脩介
角川文庫

 高校生の息子の友人が近所の公園で死体となって発見される。現場から逃げた少年2名、行方不明の少年が3名。息子は加害者として逃走しているのか、あるいは被害者としてすでに殺されているのか。加害者でもいいから生きていて欲しいと望む母親、息子が加害者であるよりむしろ被害者であって欲しいと望む父親。自分ならどちらを望むのか。究極の問いが胸に突き刺さる。

 

おすすめの小学館文庫

完全なる白銀

『完全なる白銀』
岩井圭也
小学館文庫

 山岳小説ってなんでこんなにそそられるのだろう。冬山、しかも北米最高峰の山に登るということ。その厳しさだけではなく女性初単独登頂という困難と名誉。その成功と死の真実を追う友人2人のスリリングな雪山行を描き出す。完全なる白銀の完全なるラストに、思わず背筋が伸びる。見えない白銀の世界が見えた気がした。

 

久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。


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