採れたて本!【国内ミステリ#20】
エキセントリックなキャラクターが多い名探偵と比較して、ワトソン役は大抵、常識的な人物として描かれる。だが、実はワトソン役のほうが特殊な能力を持っていたら? そんな発想から生まれたのが、大山誠一郎の連作短篇集『ワトソン力』で初登場した警視庁捜査一課の刑事・和戸宋志だ。彼の特殊能力「ワトソン力」とは、持ち主が謎に直面すると無意識に発動し、彼から一定の距離の範囲内にいる人間の推理力を飛躍的に向上させる能力である。具体的に言うと、和戸がいると彼の周囲の警察官や事件関係者がいきなり賢くなって推理合戦を始めるのだが、残念ながら、和戸本人の推理力は全く向上しないのである。
新刊『にわか名探偵 ワトソン力』は、そんな和戸が登場するシリーズの第2弾だ。刑事でありながら相変わらず非番の時に事件に巻き込まれてばかりだが(それも彼の特殊能力なのではないかとすら思う)、事件現場が常にクローズドサークルなので、関係者の範囲が限定され、なおかつ同一空間に閉じ込められた人々がみな推理を始めるという、本格ミステリとしては極めて好都合な設定になっているのである。
第一話では映画館の密閉されたスクリーンでの殺人が描かれるが、それはまだ序の口で、第二話では外部の人間が簡単には入れないヤクザの事務所、第五話ではMR(複合現実)の技術を用いたゲームが行われている最中の体育館──といった具合に、奇抜なクローズドサークルが次々と登場する。中でも、ロープウェイの2つの搬器の双方で死体が発見される第四話の不可能興味は実に魅力的だ。
第二話ではヤクザの組長がエラリー・クイーンの愛読者であることが判明するが(「暴力じゃねえ、ロジックだ」という台詞が読者の爆笑を誘う)、事件のシチュエーションもクイーンを連想させるものが多い(例えば第六話の全裸死体は『スペイン岬の謎』を意識したと推測される)。「ワトソン力」で賢くなった関係者たちの推理合戦によって、どのエピソードも多重解決ミステリの様相を呈しているけれども、関係者たちの中には当然、何食わぬ顔をした犯人も交ざっているので油断は禁物である。
各エピソードのタイトルが名作ミステリのパロディになっている(例えば、第一話の「屍人たちへの挽歌」はマイケル・イネス『ある詩人への挽歌』と今村昌弘『屍人荘の殺人』が元ネタだろう)などの遊び心も楽しいし、会話のコミカルさも前作以上に冴えている。ロジック重視でありつつカジュアルに読める、安定した面白さの本格ミステリだ。
『にわか名探偵 ワトソン力』
大山誠一郎
光文社
評者=千街晶之