著者の窓 第39回 ◈ 中村 航『大きな玉ねぎの下で』

著者の窓 第39回 ◈ 中村 航『大きな玉ねぎの下で』
 ペンフレンドの切ない恋を歌った爆風スランプのバラード「大きな玉ねぎの下で」。1985年のアルバム収録、89年に「大きな玉ねぎの下で〜はるかなる想い」としてリメイクされシングルリリース以来、多くの人に愛されてきた。この名曲「大きな玉ねぎの下で」にインスパイアされた小説映画が新たに立ち上がります。小説を書き下ろしたのは作家の中村航さん。曲の歌詞同様、武道館を舞台装置にして昭和と令和、二つの時代が交差するラブストーリーを紡いでいます。爆風スランプのファンで、10代の頃にはコピーバンドも組んでいたという中村さんに、物語の成り立ちと曲への思いをうかがいます。
取材・文=朝宮運河 撮影=松田麻樹

大好きだった爆風スランプの名曲を映画に

──8月22日発売の小説『大きな玉ねぎの下で』は、爆風スランプの名曲にインスパイアされたとうかがっています。この小説を執筆された経緯を教えていただけますか。

 いろいろな偶然や縁が繋がって生まれた小説なんですが、順を追ってお話しすると、僕が10代の頃、爆風スランプのコピーバンドをやっていたんです。爆風スランプの曲はどれも難易度が高いですが、一生懸命何曲もコピーしてましたね。ロックってやっぱりカウンターだと思うんだけど、当時、人気があったのは不良っぽいバンドが多くて、それはそれで何かのカウンターだったわけだけど、でもそういうのはありがちだなーって思うことも多かった。ふざけているようで実はストイックな彼らがかっこ良く見えたんです。
 アルバムを出すごとに新しいことにチャレンジしていて、トリッキーで実験的なところも魅力的だった。「Runner」(88年リリースのシングル)のヒット以降、ストレートな青春路線になっていきますが、その路線も好きでした。あと、ラジオやインタビューが面白くて、たとえば「大きな玉ねぎの下で」は初の武道館ライブのチケットが売れないことを心配して、空席があってもそこは会えなかったペンフレンドのための席だ、と言い訳できるように作った曲だとか(笑)。そういう普通のミュージシャンがしないような発言をするところも好きでした。

中村航さん

──多感な時期に影響を受けたバンドだったんですね。

 間違いなく影響を受けています。それから時間が流れて2020年、サンプラザ中野くん(爆風スランプのボーカル)のラジオにゲストで出演する機会があったんです。サンプラザさんとその時が初対面だったので、これはもうバンド時代の話をしなくちゃと、時間いっぱい爆風スランプへの思いを語りました。サンプラザさんも喜んでくださったんですが、それをきっかけに過去のアルバムを聴き返したり、サンプラザさんのライブを観に行ったりするようになって、爆風スランプの魅力をあらためて感じて、自分がどうして若い頃、彼らに惹かれたのかもわかった気がしました。
 その後、知り合いのプロデューサーから「邦楽の有名な曲を題材にした映画を作りたい」という企画を持ちかけられて、「爆風スランプの『大きな玉ねぎの下で』でやりましょう」と提案し、プロットなどをつくりました。こういう話は成立しないことも多いんですが、この企画に関しては割ととんとん拍子に進んで、そのプロットから始まって、映画が制作されることになりました。小説は映画とは展開が異なっています。それぞれのバージョンをぜひ楽しんでいただきたいです。

──爆風スランプの「大きな玉ねぎの下で」は、ペンフレンド二人の恋を歌った切ないバラード。タイトルの〝大きな玉ねぎ〟とは二人が待ち合わせた日本武道館の屋根にある〝〟のことで、九段下のご当地ソングとしても親しまれています。

 生まれて初めて武道館を見たのは、大学に入学した年の春でした。武道館のすぐそばにある千代田区公会堂(当時)で、所属していた音楽サークルのライブに参加したんですよ。地下鉄の九段下駅から地上に出ると、本当に武道館がすぐそこで、見上げると大きな玉ねぎが見える。気づけば「大きな玉ねぎの下で」を口ずさんでいました。ああ、本当に玉ねぎがあるんだ、と(笑)。それから何度も武道館には行きましたが、海外アーティストの来日公演でも、全日本プロレスの試合でも、武道館に向かう僕の中では必ず「大きな玉ねぎの下で」が流れていました。だから僕にとって、あらゆる武道館のイベントのオープニング曲は、爆風スランプなんですよ。そういう人は僕以外にも多いんじゃないでしょうか。

会えないからこそ強くなる思い

──小説『大きな玉ねぎの下で』は、歌詞の設定を膨らませて、昭和と令和に生きる二組の男女を描いた青春小説ですね。ストーリーを作るうえで、どんなことを意識されましたか。

 もとの歌詞は男性の一人称視点で語られていて、文通相手がどんな人だったかまったく分からないんです。そこも含めていい曲なんですが、小説では男女両方の視点から描くことで、手紙を介した恋愛という要素をよりはっきりさせました。

──過去パートで描かれるのは、1986年に高校1年だった小田原在住の虎太郎と、秩父在住の今日子の物語。FM雑誌の文通欄を介して知り合った二人は、音楽の趣味が合うこともあり、手紙を交わすようになります。

 ネットが普及する以前は、遠くに住む誰かとコミュニケーションを取ろうとすると、文通くらいしか手段がなかった。あとはアマチュア無線かな。僕も10代の頃、同じ学校の女の子と文通しました。学校では手渡さずに、切手を貼って投函していました。男の筆跡だと彼女の家族に怪しまれるので、封筒の宛名は彼女に書いてもらったり。作中にも虎太郎が今日子に電話をかけたら、お父さんが出てしまうというシーンがありますが、昭和の頃にはそういう苦労がいろいろあったんです(笑)。

──遠く離れた町に住む二人を結び付けたのは、共通の趣味である洋楽。ボン・ジョヴィをはじめとして、レインボー、ポリスなど1980年代を彩ったアーティストや名曲が多数登場します。

 洋楽がきらきらしていた時代ですよね。僕も虎太郎と同世代なので、洋楽に夢中になる気持ちはよく分かります。とはいえ洋楽ファンの中でもハードロック好きは少数派で、クラスにも数人。そんな共通の趣味を持った二人が、距離を超えて親しくなるというのは、十分ある話だと思います。ボン・ジョヴィを中心的に取り上げたのは、86年に初の武道館公演を果たしたアーティストというのが一番の理由。ボン・ジョヴィはその後日本で大ブレイクしますが、86年当時はそこまででもなくて、そのポジションも物語にふさわしいと思いました。

──友人の代理で文通を始めたはずの虎太郎は、会ったことのない今日子に心惹かれていく。一方、病気で入院していた今日子も虎太郎の手紙に励まされ、恋心を抱くようになります。

 手紙を介した恋愛って、決して淡くはないんですよ。むしろ爆風スランプが歌っているように、会えないからこそ強くなるのかもしれない。もうちょっと大人になればここまで思い詰めることはないのかもしれませんが、高校1年生の恋愛をリアルに書いたつもりです。虎太郎や今日子のようなタイプの子の等身大の恋愛感情を、まっすぐに描いたつもりです。

カセットテープが結ぶ、昭和と令和の物語

──それと併行して、2024年に生きる若者の姿も描かれていきます。こちらの主人公は大学入学のため上京してきたたけと、東京の美大に通う。年齢も大学も異なる二人の接点は、古い洋楽をよく流すラジオ番組です。

 令和の時代に文通をさせるわけにいかないですが、LINE やメールで繋がる二人というのも何か違う気がして。その点、ラジオ番組のリスナー同士なら、普段接点のない人たちが知り合ってもおかしくはない。本当に凄いな、って思うのですが、お笑いコンビ・オードリーのラジオ番組のファンが、全国から集まって武道館や東京ドームを埋めてしまう。ラジオには他のメディアにはない、一種のファンタジーがあるような気がするんです。

中村航さん

──親の影響で古いハードロックを好んで聴いている丈流と美優は、音楽の好みが同じらしい相手のことを、次第に意識するようになっていきます。

 親の影響で古い音楽を好きになるということは、今だと普通にあるでしょうね。キャリアの長いアーティストのコンサートに行くと、必ず小さい子が親に連れられてきていますから。丈流は素直でちょっと馬鹿っぽいけど、芯の部分の真面目さが可愛らしい(笑)闇を抱えていて、承認欲求をもてあまして、という若者像とは全然違う。コロナの時代に青春を送った、屈折があるようでない、ないようであるのが丈流です。

──二つのストーリーを繋ぐのは、虎太郎が編集したカセットテープ。ペンフレンドを思う気持ちは時代を超え、意外な形で令和に生きる二人にも影響を与えます。

 カセットテープって、何というか、宝物感みたいなものがあると思う。音楽がモチーフになっているこの物語にはふさわしいアイテムかなと思いました。カセットテープにお気に入りの曲を入れて、誰かに聴いてもらう。むしろ恋心って、そういう方法で表現するものなんじゃないか、とも思う。書いていて楽しかったのは「ハイポジ」とか「オートリバース」とか、カセット時代ならではの用語を思い出しながら書いたこと。読んでいて分からない読者は、親御さんに尋ねてみてください(笑)。

原曲の持つドラマチックさに支えられて

──爆風スランプの曲では、ペンフレンドの二人は最後まで会うことがありませんでした。その切ない展開を踏襲しつつ、小説版では希望を感じさせるラストになっています。

 虎太郎と今日子が会えなかったことが巡りめぐって、現代の丈流と美優の出会いを用意している、というストーリーにしました。「大きな玉ねぎの下で」の二人のその後には、こんな物語があったかもしれない、という可能性の一つです。何も起こっていないようにも見えて、実は凄いことが起こっている、と読者にはわかる構造になっています。

──この小説を読んでから爆風スランプの曲を聴くと、具体的な情景が浮かんできて、いっそうドラマチックに感じます。この小説をきっかけに、原曲に関心を持つという人も多そうですね。

 もともと「大きな玉ねぎの下で」自体がドラマチックな曲なんですよ。とくに、千鳥ヶ淵から光る玉ねぎに至るサンプラザさんの歌詞は、今聴いてもすごく詩的で、美しいと思います。一度も文通をしたことがない若い人でも、この作品の中で描かれている心情には共感できるはずですし、ちょっと懐かしい感じで楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。自分の経験にはないはずなのに、懐かしく感じる、ということが起こるんじゃないかと思います。

中村航さん

──ドラマチックといえば、高校時代に爆風スランプのコピーバンドを組んでいた中村さんが、「大きな玉ねぎの下で」の映画化に携わるというのもドラマチックだと思います。

 爆風スランプのファンだということは、一切、公言したことがなかったんです。中学の頃、好きだった子にラブレターを書いた記憶などと一緒に、ちょっと恥ずかしい記憶の箱に封印していたんです(笑)。10代の頃好きだったバンドって、そういうものじゃないですか。でもね、長い時間をかけて封印は解かれたんです(笑)。僕は高校生の頃、サンプラザ中野のオールナイトニッポンを毎週聴いていたんです。それが今になってラジオ番組でサンプラザさんと会って、音楽の話をすることができた。これって実は、奇跡のようなことだと思うんです。その奇跡が少し形を変えて、この小説のプロットになっているんですね。ぜひぜひ、読んでいただけたら嬉しいです!


大きな玉ねぎの下で

『大きな玉ねぎの下で』
中村 航=著
小学館

 

中村 航(なかむら・こう)
岐阜県生まれ。2002年「リレキショ」で文藝賞を受賞しデビュー。『ぐるぐるまわるすべり台』で野間文芸新人賞を受賞。主著に『100回泣くこと』『デビクロくんの恋と魔法』『トリガール!』など多数。

中村航さん

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