週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.161 宮脇書店青森店 大竹真奈美さん
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今思うと、私の相棒は猫だった。
母子家庭で一人っ子。14匹の猫ときょうだいのように育った。一番の仲良しは、黒猫のチェム。落ち込んでいると、くりっとした瞳でこちらを覗き込み、全てが通じているようなあたたかさで寄り添ってくれた。
守ってくれる、守ってあげたい、愛おしく大切な存在。それは確かに愛だった。
動物と家族として過ごし、愛情を育むといった経験をした人は、きっと少なくないだろう。
作者の千早茜さんは、現在は猫と暮らしているようだが、犬派のイメージが強い。実際、今まで大型犬しか飼ったことがなかったらしく、小学生時代の大半を過ごしたアフリカのザンビアでは、ローデシアン・リッジバックという番犬を飼っていたようなので、この作品はだいぶご本人の実話に基づいて描かれているのではないだろうか。
主人公のまどかは、小学校入学後まもなく転校し、日本を出る。そこはとても治安の悪い国で、番犬を飼うことに。まどかが選んだのは、ライオン狩りにも使われていた犬で、ライオンに見合う強さを求めて、虎と名付ける。その犬がローデシアン・リッジバック。背骨に沿って逆毛があり、気が昂るとそれが真っ直ぐな雷のように逆立つ。
戦闘態勢に入ると電光石火のごとく動いて、命知らずに飛びかかっていく天性のガードドッグだ。
まどかと虎は、唯一無二の相棒になる。しかし一家が帰国することになった時、犬を連れて行かないという決断をする。まどかはそのことを罪として抱えて生きていく。
本のページに重なる記憶があった。私にもけっして埋まることのない、ぽっかりとした穴がある。守るべき者を守れなかった罪の、果てのない穴。
14匹も猫がいれば仲違いすることもある。夏休みのある日。チェムと他の猫が喧嘩していた。私はチェムを家の外へ出し、叱りつけた。チェムはプイッと私に背を向け、道路へ飛び出した。ちょうどそこへ車が通ったのだった。
私は未だに金魚鉢から飛び出てしまった金魚の姿を直視できない。それは私が最後に見たチェムの姿にそっくりだったから。最期に寄り添うこともできなかった。咄嗟に駆け出した足は、母の「来るな!」の声に竦んだ。現実を直視するのが怖かった。どうしたら一番後悔しなかったのだろう。
もしも動物と同じ言葉を持ち合えて、言葉で気持ちを言い合えたなら、なにか違ったかもしれない。でもそればっかりはどうにもならないことだ。
守れなかった者への想いの穴が空いたまま生きていると、守らなきゃいけない、守るべき者の存在に怯む。守り抜く自信がないから。
それでもそばにいてくれるぬくもりに手を伸ばす。たとえ穴が塞がらなくても、そのあたたかさに癒される部分がちゃんとある。それは穴が空いたままのこのからだが、愛を知っているからだ。
この本はそれに気づかせてくれる。落ちる雷のまっすぐさで。
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大竹真奈美(おおたけ・まなみ)
書店員の傍ら、小学校で読み聞かせ、図書ボランティア活動をしています。余生と積読の比率が気がかり。