【著者インタビュー】千早茜『ひきなみ』/女性同士の距離感のある友情を描いてみたかった

ずっと一緒だと思っていた彼女は、脱獄犯の男と共に島から消えてしまった――特有の文化や因習のある瀬戸内の島で出会った、2人の女の子の物語。作品に込めた想いを著者に訊きました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

ずっと一緒だと思っていた彼女は脱獄犯の男と島から消えた―言葉では単純にくくれない人のつながりを描いた長編小説

『ひきなみ』

KADOKAWA
1760円
装丁/大久保伸子 装画/西川真以子

千早茜

●ちはや・あかね 1979年北海道生まれ。立命館大学文学部卒。父の仕事の都合で小学生時代の大半をアフリカ・ザンビアで過ごす。08年『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。翌年同作で第37回泉鏡花文学賞、13年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞。『男ともだち』『クローゼット』『さんかく』等の他、尾崎世界観氏との共著『犬も食わない』やエッセイ『わるい食べもの』も人気。151㌢、B型。

人は人と違うことが当たり前。それが前提になれば世界はだいぶ楽しくなる

 主人公は小6の春、「7月に必ず迎えに来る」という母の言葉を信じ、瀬戸内海〈香口島〉の祖父母の家で暮らし始めた私、〈桑田葉〉。
 東京育ちの彼女が、隣の〈亀島〉に訳あって祖父と暮らす〈真以〉と出会い、島特有の文化や因習の中で友情を育む第1部「海」と、約20年後、東京の大手企業に入社し、上司らのハラスメントに日々疲弊する葉が、真以の消息を知る「おか」の2部構成から、千早茜氏の新作『ひきなみ』は成る。
 表題は、船の航跡のこと。その美しさが陽光にひと際映える瀬戸内を舞台に選び、「大のレモン好き!」でもある著者には、初著書『魚神』以来、「閉鎖空間を描きたい」という衝動が本能的にあったという。
「元々限られた空間を濃密に描く、ねちっこい描写が好きなんです(笑い)」
 性別、偏見、過去やしがらみなど、人は何かに縛られ、不条理に苛まれた時、従来は「逃げる」「耐える」「闘う」くらいしか選択肢を持てずにいた気もする。本作はそれとは違う動詞、、を葉や真以が自分なりに探す、自由獲得の物語でもあった。

「私ですか? 子供の頃は真以と同様、闘う派でした。特に幼少期を過ごしたアフリカから戻った転校先が鹿児島で、男尊女卑に毒された男子が私をからかうためにアフリカ踊りまで開発して。馬鹿だなと思いました。私は私でゴミ箱片手に反撃していたので、偉そうに言えませんけど、人としてあり得ないと思う」
 そう。葉の紹介も兼ねた〈寄合〉の席上、母が持たせた携帯電話を男子が奪い、勝手に弄るのを見て、卓上のご馳走を蹴散らし、瞬く間に取り返してくれたのが真以だった。当然皿は割れ、〈女にぶたれて泣くな〉と叱る怒声などで場は騒然としたが、そもそも寄合では男女の間に見えない一線が引かれ、座敷も別々。その二間を貫くテーブルの上を敢然と駆け抜けた真以は、掟破りの越境者ともいえた。
「今回は女性同士の距離感のある友情を描いてみたかったんです。例えば女同士のドロドロを書いてほしいという依頼は多いのに、男同士の嫉妬に関する依頼はゼロ。女同士の友情ってつくづく信じられてないんだと感じました。
 でも別に爽やかな友情は男性限定ではないし、こういう女性同士の関係もあるんだという辺りを書いてみたいと思いました」
 島へと渡る高速船上、水しぶきの中に虹を見つけ、はしゃぐ葉に対し、真以はもっと遠くを見つめていたのか、小さく頷き、微笑むだけの出会いの場面がいい。
 が、港で葉を迎えた祖母は〈桐生さんとこの〉〈いなげな子じゃけえ〉と呟き、葉はその初めて聞く方言に〈あんまりいい感じはしなかった〉〈自分たちとは違う、そう線をひくような言葉な気がした〉と直感的に思う。
 それでも先述の騒動の後、座敷から消えた真以を裸足のまま追い、夜の浜で靴を片方ずつ分け合って以来、真以は葉の希望になった。
 今度亀島に遊びに行きたい、約束しようと葉が言うと、真以が〈約束するのは信じていないみたいだから〉と断ったこと。別荘の管理人をする彼女の祖父〈平蔵〉の家には本がたくさんあり、島を守るために〈人喰い亀〉を退治し、自らも生贄になった勇敢な姫の伝説を語ってくれたこと。〈困った人々を見捨てられなかったんでしょう〉という平蔵の解釈に真以の姿が重なったことなど、世間が何と言おうと、それだけは信じられる関係が確かにそこにはあった。
 そして、父の機嫌ばかり窺う母が一向に現われないまま、2人が中1の夏に事件は起きる。脱獄犯が島に逃げ込んだのだ。
 その男〈児玉健治〉に2人はおにぎりなどを差し入れ、特に真以は彼が見つからないよう守ろうとさえした。そしてある時、自称元ホストで美容師だという彼に突然、髪をショートに切ってもらった真以は、広島第一劇場に出演中の母〈葵れもん〉に会いに行くと言ったまま、姿を消す。
 かつて葉も真以と広島へ行き、ステージを見た。それはこの世のものとは思えないほど美しかった。その時、〈葉がきれいって言ってくれるならそれでいい〉と言った真以は、葉には何も告げずにいなくなった。
 脱獄犯による誘拐事件にメディアは騒然。〈子供じゃいうても、あの家の女じゃけえ〉〈たぶらかしよったんじゃろ〉などと人々は真以の出自を蔑み、葉自身、友の裏切りを許せないまま島を去るのである。

時や場所を問わず人は島を作りがち

 母の職業をからかわれた真以が〈あいつら、自分たちと違う人間が気にさわるんだと思う。なんとしてでも損をさせなきゃいけないって〉という台詞は、現代にも通じる分断と憎悪の構造を映し、印象的だ。
「よくSNSを見ていると、あいつは自分よりたくさん持っていて、得をしている、不均衡を正すのは正義だと、本気で信じて他人を攻撃している人が多い気がして。
 例えば葉の上司の〈梶原部長〉が、男の方が大変でだから、パワハラもやむなしと考えていますが、自分が損なわれているという被害者意識が前提にある。世紀末の瀬戸内でも令和の東京でも、人間はを作りがちで、身内同士が些細な違いを探しては差別したり排除したり、何て息苦しいんだろうと私も思いますよ。でもいざ書くとなるとその大嫌いで閉じた場所を書きたくなるんですよね。自分でも不思議なんですけど」
〈男性は生まれつき、女性に顔色を窺ってもらうことに慣れているのだ〉と父や梶原に対して諦めを常としてきた葉は、今なお世間が事件を忘れてはくれない中、自らアクセサリーブランドを立ち上げた真以と再会し、〈誰かの目に晒されない自分〉を持ちたいと思った。
 真以は言う。〈逃げて選んだものは選ばせられたもの〉〈手を動かして、自分がきれいだと思うかたちを作っているときは、逃げて選んでいるかたちはひとつもない〉と。
「私は別にシスターフッド小説を書いたつもりはなく、男も女も同じ人間は誰ひとりいない以上、各々が可能な限り自分でいて、人数分違っていけば、いろんな生き方が肯定されるはずだと。
 つまり人は人と違うことが当たり前、、、、、、、、、で、それが前提になれば、この世界はだいぶ楽しくなると思うんです」
 そんな各々の生きた航跡を、どんな形であれ肯定し、かつ、書きすぎない小説だ。
「もっと明確な答えを示せればよかったんですけどね。現状では『手を動かす』と『生き抜く』、そして『食べる』くらいです(笑い)」
 むろん全て主語は自分だ。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2021年5.28号より)

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