SPECIAL対談『セイレーンの懺悔』ドラマ化記念 中山七里 × 新木優子
報道の世界のリアルに鋭く斬り込んだ、中山七里さんの社会派ミステリー『セイレーンの懺悔』が10月、WOWOWで実写ドラマ化されます。主人公の報道記者・朝倉多香美を演じるのは人気上昇中の女優、新木優子さん。過去の心の傷を抱えながら、報道記者の魂をもって、事件の真相に迫る多香美を熱演します。今回、ドラマ化を記念して、中山さんと新木さんの特別対談が実現しました。さまざまなテーマを盛りこんだ、社会性の高い物語について、注目の表現者同士が語り合います。
従来のミステリーより、ひと味もふた味も違う
きらら……『セイレーンの懺悔』の主人公・朝倉多香美は、帝都テレビの報道番組に配属されて2年目の新人記者です。新木優子さんが演じられると決まって、どんなご感想でしたか?
中山……以前からテレビなどで拝見しておりましたので、安心してお任せできると思いました。僕よりも娘の方が新木さんのファンでしたから、主演に決まったと聞いて、娘の方が狂喜乱舞していました。お陰さまで、親の格がひとつ上がりました。
新木……いえ、そんなそんな。素晴らしい小説をたくさん書かれているので、元から中山さんは自慢のお父様だと思います(笑)。
きらら……新木さんは、小説はよく読まれるのですか?
新木……はい。学生時代から大好きです。特にミステリーが好きで、『凍りのくじら』を最初に、辻村深月さんの作品は読破しています。あと東野圭吾さんの『ガリレオ』シリーズも大ファン。撮影の合間やロケ地への移動中など、時間があるときは、だいたい本を読んでいます。
中山……いいですね。ミステリー以外も読みますか?
新木……スポーツ小説も、大好きです。松崎洋さんの『走れ! T校バスケット部』は、学生時代に夢中で読みました。
中山……いろいろ読んでらっしゃいますね。
新木……もちろん、中山先生の小説の愛読者でもあります。『セイレーンの懺悔』は、ドラマの撮影の前に、読ませていただきました。ミステリーが大好きだから、自分のなかで「こうくるだろう」という予想をもって読み進めていたのですが、いい意味で次々に裏切られて、本当に面白かったです。
物語の巧みな構成にも、引きこまれました。本筋で進んでいる表面上の話と、裏に隠れてずっと動いている事件の真相が複雑に交錯していて、最後まで事件の犯人が、わかりませんでした。真犯人が明かされたときの衝撃度は、すごかったです。その真犯人も捕まったから、すべて解決とは、なっていなくて。従来のミステリーより、ひと味もふた味も違う面白さがありました。
中山……嬉しいご感想ですね。
新木……まさにザ・ミステリーという小説でした。練り上げられた構成に、現代社会のリアリティが、色濃く反映されています。強く心に残る小説に、巡り合えました。すごい熱量強く語ってしまって、ごめんなさい。
中山……いいんですよ。ありがたいです。
古い業界が変革していく現代を反映した作品
中山……『セイレーンの懺悔』の物語の主軸は、多香美の成長です。新木さんが主演を務めていただくことに、僕は運命的なものを感じています。多香美が帝都テレビのなかで置かれているポジションと、いまの新木さんの役者としてのポジションは、近い部分があると思っています。
現在、芸能界ひいては放送業界全体がコロナ禍のお陰で、変革を迫られています。映画監督の北野武さんは「コロナ禍のせいで創作意欲がわかない」と言われています。あんな大ベテランで、才能を持った方ですら、そうなんです。
古い業界はコロナ禍で、以前のやり方では何もかも通用しなくなっています。昔からのルールやシステムを、変えざるを得ない。そんなとき、風穴を開けるのは、若い人たちです。
『セイレーンの懺悔』では、多香美がテレビ局の古い体質に立ち向かいます。その姿は若くて、役者として伸び盛りの、いまの新木さんと重なるものでしょう。僕のなかでは現実と小説の世界が、リンクしたように感じています。
新木……なるほど。コロナ禍を予想されて書かれた作品では、もちろんないでしょうけれど、結果として時代の大きな変化とつながってきたということですね。
中山……はい。小説には、しばしばそのようなことが起こります。
新木……それって、すごく面白いです。
中山……新木さんには、古い体質の芸能界で風穴を開けていただくような存在になってほしいなと、願っています。
新木……すごい、大役を戴いてしまいました。
正義感をすり合わせて人は成長する
きらら……新木さんは多香美のイメージを、どのように考えて撮影に臨まれたのでしょうか。
新木……まず、正義感の強い人だと思います。生来的に持っていたものに、あるつらい過去を重ね、さらに強い正義感が構築されていったと、想像しています。多香美は、正しいことは、絶対に正しいと信じている。けれど、正義感のために頑張りすぎて、会社やチームのなかで、すれ違いを生んでしまいます。
ドラマの第2話あたりから、多香美の正義感は少し暴走を始め、周囲とのずれで、苦しむことになります。共有されるはずの正義なのに、結果的に周りから浮いた存在になる。演じながら、こういう人は現実にもいるな……と感じたのと同時に、組織のなかで正義を通していくことの難しさを、あらためて思いました。
中山……人は誰しも、自分なりの正義感を持っていますよね。その正義感を、所属している組織の正義感、世間全体の正義感など、いろんな種類のルールとすり合わせていくことで、人は成長を遂げていきます。だから苦しくても、正義感を安易に曲げたり、諦めてはいけないんですね。違うタイプの正義感を辛抱強くすり合わせていくと、両者とも変化して、新しい時代の正義がつくりだされます。多香美が模索しながら成長していくことによって、旧態依然としたテレビ局も、きっと変わっていくでしょう。
若い記者の奮闘で、大きな組織の体質がリニューアルされていく過程を、じっくり描こうとしたのが、『セイレーンの懺悔』の狙いでした。新木さんが多香美の正義感について感じられたイメージは、まさに作品のテーマの芯をとらえています。
新木……ああ、良かった。中山先生のお話で、報道局のメンバーとして行動する多香美の価値観と、ひとりの女性としての多香美の価値観の微妙な違いが、私のなかで動いてきました。これから撮影が続くなかで、とても大きな参考になりました。
中山……新しい価値観で物事に接することができるのは、若い人の特権です。僕らぐらいの歳では、怖くてなかなかできません。日本のさまざまな業界に蔓延している古い体質を、ぜひ若い人たちに打ち壊してもらいたいという期待をこめて、この小説を書きました。新木さんのように、これからの若い人が、まっすぐ受け止めてくださって、原作者冥利に尽きます。
駆け出しのルーキーにエールをこめた物語
きらら……『セイレーンの懺悔』は仕事にかけるプロの信念や、他人への想像力など、多くの問いかけがなされた物語です。ドラマ版では、どのような作品になることを期待されますか?
新木……エンターテインメントとしてはもちろん、最高に面白い内容にしたいです。加えて中山先生がおっしゃったように、私たち若い世代へ新しい風を吹かす、そんなドラマになればいいなと思っています。
大きなシステムや組織の体質を変えていくには、やっぱり個人個人が変わらないといけないでしょう。正義感で突っ走るだけだと、価値観がひとつに固まって、行き詰まってしまいます。そうならないよう、いろんな人とぶつかり、意見を交わしながら、価値観をほどいていくことが大事ですね。仕事のなかで揉まれる多香美の姿を通して、常に思考の扉を開き、予想しない事態に遭ったときも柔軟に対応できる、人の本当の強さを私なりに示していけたらと思います。
中山……頼もしいですね。ドラマを見るのが、より楽しみになってきました。
新木……ありがとうございます。役者の仕事をしていても感じますが、人はひとりでは、生きられませんよね。どんなに閉じこもっていたくても、誰かと共存しなくてはいけない。共存することでしか解決しない問題は、たくさんあります。違う意見や考え方を、たくさんインプットして、アウトプットに活かしていく大切さを、多香美という役を通して表現したいです。
彼女は、初めのうちはあるつらい過去からくる正義感にとらわれて、刑事の宮藤や、周りの記者クラブの意見を聞かずに反発します。それだと真相は闇のままで、多香美自身の苦しみも、変わらなかったでしょう。
人との多様な関わりのなかでしか、自分は変わらないし、硬直した組織の体質も変えていくことはできません。そういう大きな思考の価値観が、新しく視聴者の方々に入っていくようなドラマにしたいです。
中山……僕にとって『セイレーンの懺悔』は、ルーキーに対するエールをこめた作品です。ひと言で言うなら〝駆け出し〟がテーマ。古い体質からなかなか抜け出せない、いまの地上波の民放局では実写化は難しいでしょう。WOWOWでしかドラマの企画が進まなかった意味を、考えてもらいたいですね。
新木さんを筆頭に、一流のキャストやスタッフの方々を拝見しただけで、ドラマの成功は目に見えています。この成功がどう受け取られるのか、ちょっと興味がありますね。主役に挑んでいただいた新木さんには、感謝と尊敬の念だけです。
新木……中山先生のお言葉が、今後の撮影で大きな励みになります。
中山……実は『セイレーンの懺悔』は、新作のオファーが来ているんですよ。
新木……え、本当ですか!?
中山……間もなくプロットを提出する予定です。
新木……楽しみ! 多香美はいろんなことを乗り越えて、以前より仕事にやり甲斐を感じているはず。その彼女が、次にどんな仕事を手がけるのか期待が膨らみます。ご執筆は大変だと思いますが、ファンの立場でお待ちしていますね。
中山……次もドラマ化されたら、ぜひ新木さんに主演の続投をお願いしますよ。
新木……わー、光栄です! そのときは私の方こそ、お願いします。
新木優子 (あらき・ゆうこ)
1993年東京都生まれ。集英社『non-no』専属モデル。『コード・ブルー THE 3rd SEASON』『トレース~科捜研の男~』『モトカレマニア』『SUITS/スーツ2』ほか、多数のドラマ・映画・CMに出演。第8回「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」新人賞受賞。
中山七里 (なかやま・しちり)
1961年岐阜県生まれ。2010年『さよならドビュッシー』で第8回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞してデビュー。ほかの著書に『連続殺人鬼カエル男』『贖罪の奏鳴曲』『セイレーンの懺悔』『人面瘡探偵』『ヒポクラテスの試練』『毒島刑事最後の事件』など多数。
(構成/浅野智哉 撮影/浅野 剛)
〈「きらら」2020年10月号掲載〉